雑貨屋ウィークリー1357号

雑貨屋のひとり言「裁判所の手紙を悪用した架空請求に注意」

つまらないことは気にせず無視すればいいと思うのですが、つまらないことでも無視できないことがあります。裁判所から支払い催促や少額訴訟の手紙やハガキが郵送されて来たらどうするでしょうか?身に覚えのないことだと無視してその手紙やハガキを破り棄ててしまおうと思いますよね。でももしこれが本当に裁判所からのものだったら後で大変なことになります。悪い輩が裁判所に架空の請求で裁判所で支払い催促の手続きをしたものがあるからです。

残念ながら裁判所では支払督促手続きは申立ての要件を満たしていれば、相手方の言い分を聞くことなく支払督促が発せられ郵便で送付されるのです。記載されてある期限までに内容についての反論をしないと、架空の請求についての判決がなされ、強制執行を受けてしまいます。ではどうすればいいかというと、まず裁判所から届いたものが本物かどうか確認します。印刷されている電話番号をネットで調べ裁判所からであれば、電話で問い合わせてどうしたらいいのかを聞けばいいようです。面倒ですが裁判所に持参するのも良いと思います。最近このようなケースが多くなってきているのですぐに対応策を教えてくれると思います。大事なことは自分には関係ないと無視せずすぐに対処することです。そんなものが届かないことを祈りたいと思います。《R.O.》

裁判所からの注意喚起が書かれた内容はここをクリックしてください。

川柳(東京・成近)

(川 柳)

一番古い記憶に母の襷掛け

叱ってる母さんの目も濡れていた

里帰り母の笑顔が居てくれた

眼裏に僕より若い亡母がいる

堪忍袋母の形見を握りしめ

( ニュースひとりよがり)

「沖縄復帰50年」

半世紀そして反省期 ―普天間基地

「値上げ値上げ」

アップアップ ―家計簿

「金銀高騰の陰で」

下落 ―金星、銀星

河合成近

龍翁余話(729)「我が青春の記」

今号は、龍翁の『青春の記』である――翁が中学3年生の時 “青雲の志”を抱いて九州(大分県)から神戸へ遊学、長田区の叔父宅に下宿、同区のN中学に転校・卒業し、叔父宅の目と鼻の先に在るY高校へ入学するや直ぐに3人の親しき学友を得た。どんな経緯で親友になったか思い出せないが、翁を含む“4人組”は授業が終わると、いつも(と言っていいほど)行動を共にした。当時の神戸は、まだ街のあちこちに空襲の焼け跡が多く見られ、三宮や元町、新開地などの繁華街では、複数のパンパン(進駐軍兵士を相手にする街娼)を連れたヤンキー(進駐軍米兵士)どもが我が物顔に闊歩していた。3人の学友は皆、神戸っ子だから、そんな情景は見慣れていただろうが“九州の田舎”から来た龍少年にとって、最初の頃は訳もなく腹立たしさを覚え、ヤンキーどもを敵視していた。が、それも月日が経つと「敗戦国とはこんなものか」と妙に諦め、慣れっこになり、焼け跡もヤンキーも、ヤミ市も当たり前のシチュエーション(環境・状態)と思えるようになって来た。

前述の“青雲の志”とは何か――翁、中学2年生の春、泉鏡花の代表作の1つ『義血侠血(ぎけつきょうけつ)』(1894年=明治27年発刊)と言う小説に出会い大いに感銘を受けた。(この小説は、後に『滝の白糸』と言う題名で数回、映画化されている)内容は、法曹界(裁判官・検察官・弁護士)をめざす貧乏な法学部の学生を、水芸人の女性が金銭的援助をするのだが、数年後、その女性が殺人を犯し裁かれることになる。その時、運命のいたずらか、すでに検事となっていた青年が、かつての恩人の罪をあばかなければならない、その苦しい心情を察知した被告人(女性)は、涙を抑え、(愛しき検事にささやくように)罪状を告白する・・・この法廷のくだりに、龍少年は感動し、泣かされた。そして思った「俺も(義侠心の厚い)検事になりたい」。そこで担任教師に訊いた「検事になるには?」「東京大学、京都大学、九州大学などの法学部で学べ」だった。よ~し、神戸の叔父宅に下宿させて貰い、神戸の高校を出て京都大学法学部をめざそう――

その夏(2年生の夏休み)、翁は(母親に旅費を出して貰い)神戸に旅行、叔父(と叔母)に“志”を述べ、快諾を得てから転校先の中学、進学先の高校を選ぶや1人で京都大学へ見学に行った。何せ、神戸が初めてなら京都も初めて。尋ね尋ねて“百万遍”と言う市電の停車場に降りた。目の前が憧れの京都大学キャンパスだ。胸を躍らせながら校庭を歩いていると、2人の京大生に呼び止められた。「君、高校生?」「いや、中学生」「どこから来たの?」「九州・大分から」「へー、僕は福岡、(もう1人を指して)彼は四国の愛媛から」「こんにちは」「この大学をめざしているの?」「うん」「高校を卒業しなければならないから受験はまだ先だね」2人は笑いながら龍少年を百万遍の学生食堂に連れ行き、カレーライスをご馳走してくれた。2人は(何学部の何回生だったか訊き漏らしたが)大学生活のあれこれを話してくれた。龍少年もまた、京都大学法学部をめざす動機(『義血侠血』の影響)を話した。「ほう、泉鏡花か」2人は顔を見合わせ、ちょっと微笑んだ。この微笑は(後になって思ったが)“志望動機は、まるで夢物語”ではなかっただろうか。それはともかく、カレーライスの美味しかったこと(以来、翁は今でもカレーライスが大好きだ)――別れ際、龍少年は感謝を込めて「僕が入学したら、お兄さんたちにご馳走するよ」「その頃は、僕らはもう卒業しているよ」で大笑い。ちなみに、龍少年の神戸遊学への作業(転校手続きなど)は、すべて単独、親兄姉や担任教師へは事後報告だったので、かなりもめたが、龍少年の意志は変わることはなかった。3年生になって神戸行きが実現――

さて、今号の『青春の記』は、高校時代に集中する。高校生だから4人とも財布は軽い。したがって放課後の行動は(金のかからない)街歩きや比較的学校に近い公園(鎌倉幕府打倒に貢献した武将・楠木正成像が建つ湊川公園)、メリケン波止場(明治時代、外国人居留地があった近くの波止場)などをウロウロしたものだが、中でも翁が最も忘れ難い場所は大倉山公園。大倉山図書館(神戸中央図書館)で遅くまで勉強のフリをし、夕闇が迫った頃、図書館の傍にある大倉山公園の芝生に寝転がり、昼間買っておいたコッペパンをかじりながら(4人の愛唱歌だった)「三高寮歌」『紅萠ゆる丘の花』(三高とは旧制第三高等学校、京都大学の前身)や与謝野鉄幹の『人を恋うる歌』を斉唱した。そう、翁が歌人・与謝野鉄幹や与謝野晶子の作品(詩集)に熱中したのもその頃からだった。その頃までは龍少年の“青雲の志”は、まだ京都大学~検事への道だった。ところが高校2年生の3学期に、元神戸新聞の記者だった某教師と親しくなり「君は新聞記者に向いている」と言われたのがきっかけで翁の”志“は急転直下、「我が野望の火は東京でのマスコミに在り」に変わった。(実際は、翁の学力では京都大学は無理、を悟ったからだが)――

ところで翁、人前で歌うことは少ないが、それでも何かの宴会や同窓会などで歌わなければならない時は、やはり『人を恋うる歌』。その歌詞の中で、特に翁が好きなフレーズは、♪【妻をめとらば才たけて みめ麗しく情けあり 友を選ばば書を読みて 六分(りくぶ)の侠気 四分の熱】【我が歌声の高ければ 酒に狂うと人は言う 我に過ぎたる望(のぞみ)をば 君ならではなく誰が知る】【ああ青春は今往くか 暮るるに速き若き者 宴(うたげ)の庭の花むしろ 足音も無く時の舞う】・・・

東京・荻窪に鉄幹・晶子夫妻が関東大震災の翌年、1924(大正13年)年に移り住み、晩年を過ごした旧家屋があった場所に公園がある。1982年(昭和57年)に『南荻窪中央公園』として開園、2012年(平成24年)に『与謝野公園』として再開園したそうだが、翁は行く機会を逸している。聞くところによると公園内に14基の夫妻の歌碑が設置されているそうだが、翁の神戸・高校時代の親友4人組のテーマソング『人を恋うる歌』の碑があるだろうか?コロナ禍と老体の今、神戸・大倉山公園行きは無理だが、せめて『与謝野公園』に行って『我が青春の記』を蘇らせたい・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

茶子のスパイス研究「日本のお宝探し旅 ⑥―1 旅先で出会った人々、見かけた人達」

旅の楽しさは、普段見る事のない自然の景色を見たり美味しい地方のものを食べたりする楽しさもあるけれど圧倒的な解放感がある。日常を置き去りにして、いつもとは違う景色や空間の中に自分を置くと、また違ったものの考え方や発見があって面白い。

今回は行った先で偶然出会った人達との、ちょっとした会話や、すれ違いざまに交わす挨拶そして、旅の合間や瞬間に見かけた人々の姿が私の思い出に彩を添えた。だから少しだけキルトのパッチワークのようにして残しておこうと思う。

心に残ったご夫婦の笑顔と会話(霧島市福山町にて)

やっぱり笑顔がいい人は幸せな証拠。自分が幸せだと他人にも優しくなれる。そんな余裕を感じさせたご夫婦は田舎道の滅多に通らないバス停で降りて黒酢情報館に向かう途中の朝、神社の近くで農作業をされていたご夫婦。その畑の手前に置かれてあった木箱の中には何種類かのお野菜が袋に入っていた。そして空き缶には一袋100円と書かれてあった。旅の途中で無ければ、すぐに買って料理をして食べたくなるような元気なお野菜だった。農作業中なので邪魔にならないかな~と少し遠慮がちに話しかけてみたら農作業の手を休めていろいろ話してくれた。“福山町はどんな所ですか?”と聞くと“ここは、いい所だよ。毎日、こうして桜島を仰ぎ農作業をして無農薬の美味しい野菜を作って幸せだ”と笑顔で答えられた。まだ、いくつか畑があるのでそこを回って畑仕事をするのが日課のようだ。話している途中、息子さんの会社の従業員が車で挨拶をして通り過ぎて行った。しばらくすると今度は息子さんの車が通り過ぎて行った。“今、手をあげたのがうちの息子だ。ここで会社をやっているんだ”と。家族が近くに住めるという事はいい。最近はUターン現象で地元を離れた若い人がまた戻ってきたり密集している東京から移住してきて空き家を改造してそこで何か仕事をしている人達もいると話してくれた。畑仕事をする為にここに移り住み始めている若い人達もいると言っていた。今回の旅の目的を話したら“あんたも、早くここに来て住んだらいいよ”と奥さんが言った。旦那様が“時間があれば、うちは、すぐそこの角を上がった丘の方だから、ちょっと寄ってお茶でも飲んでいきなさい”とまで見知らぬ私に声をかけてくれた。今回は時間が無い事を伝えると“それじゃ、今度いらっしゃい”と自分の名前と住所を書いた紙きれを私に差し出してくれた。のどかな春の日差しの中の一コマ。無農薬野菜がいかに体にいいかを奥さんが話してくれた。医者から告げられた病気に負けずに無農薬のお野菜でいつの間にかその病気が治ってしまい医者を驚かせたという話も興味深い話だった。

旦那さんも体験談を話してくれた。ある日、下腹の違和感を覚えた時に自分が作っていた白いお芋を思い出したそうだ。自分では食べた事が無かったそうだけれど確か漢方にも使われていて体にいいというのは昔から聞いていたそうで、そんな話を思い出し早速食べ始めたところ間もなく下腹の違和感が消えてしまったと、、、、もちろん西洋の医学を否定するつもりは無いけれど食べ物と人の繋がりは深く結びついている。私達の体は食べたもので命を繋ぎ栄養を吸収しているのだから出来るだけ科学的な加工された食べ物でなく本当の食べ物を食べたいものだ。それにしても、やっぱり食物のパワーは、すごいな~と改めて感心してしまった。空気が綺麗で水が清らかで肥沃な土地で育った新鮮な野菜がその日のうちに食べられる環境、ほんのひと昔前は、毎日主婦は買い物籠を持ってその日に食べるものを買いに行っていた。そしてその日に食べる物が食卓に並べられ、それを見ながら季節を感じ育ってきた。

あの頃は、子供でもあったし、のどかな日常だった。

スパイス研究家 茶子

ジャズライフ Rob Van Bavel “Time For Ballads “

今週は美しいメロディーのピアノジャズをご紹介します。オランダ生まれのジャズピアニストRob Van Bavelのアルバム”Time For Ballads”です。ジャズピアノファンならみんながこのアルバムを気に入ると思います。Klipschのスピーカーで聴くとドラムの低音がすこし強調されますが、高音質で録音されている素晴らしいアルバムです。ゆったり聴くことができます。《R.O.》

Rob Van Bavel “Time For Ballads – The Maene Sessions”

Rob van Bavel (p)
Frans van Geest (b)
Marcel Serierse (ds)

1.Ballad for René
2.In A Sentimental Mood
3.Your Nocturne
4.Search for Peace/Peace
5.Bob’s Piano Bar
6.Elegie
7.I Guess I’ll Hang My Tears Out To Dry
8.Ballad For Danny9.De Tor Ahead
10.For Lieke
11.Roaring Heights
12.The Shadow Of Your Smile
13.Body And Soul

編集後記「電源アダプタとケーブルの整理」

PCを替えるたびに周辺機器との接続はシンプルになってきています。WiFi、キーボード・マウスはワイヤレスなのでビデオ音声信号用のHDMIまたはDisplayPortケーブルをディスプレイに繋ぐだけです。一方でPCをはじめとする機器が小型化されてきたのですが電源が機器の中に組み込まれておらず、外付けの電源アダプタで繋ぐようになっているものがほとんどです。機器の数だけ電源アダプタがあり電源タップからのケーブルでぐちゃぐちゃになってしまいます。私の場合はPC音源の音楽システムなっていますのでPC2台、ハードディスク1台、液晶ディスプレイ、DAC、アンプ2台の組み合わせですが、電源アダプタとコードのせいで写真のようにみっともない状態になっていました。

放っておくとホコリまみれの状態になるので、これらのアダプタと電源コードを整理するための方法をいろいろ検討した結果、ケーブル配線トレーをテーブルに取り付けることにしました。電源タップが2個、電源アダプタが7個もあるので少し大きいトレー(サンワサプライのCB-CT3Wというモデル幅88cm、奥行16cm)にしました。電源タップ、電源アダプタ、ケーブルはすべてそのトレーに収まるのでスッキリと配線できるようになりました。それぞれの機器の電源コードをもう少し短めにしてもらえれば配線がもっと楽になるのですが、そんなことは考えてくれないでしょうね。《R.O.》

コメント

  1. 河上 和浩 より:

    裁判所を犯罪に利用するのは知りませんでした。裁判所を語ってのニセ文書(ハガキ)は20年ほど前からあり、結構な市民の方から相談を受けたことを思い出しましたが、少額訴訟の法定の手続きを踏むのは盲点でした。法定の手続きを踏むことなんか、詐欺集団が最も嫌うことと先入観がありました。気をつけないといけませんね。

    • zakkaya-tenshu より:

      河上さん
      コメントありがとうございます。アメリカではこの詐欺で億単位のお金を失い破産した人がいると聞きました。
      悪い奴らのいたずら程度に考えているとえらい目に遭うので気を付けたいです。
      裁判所のほうで何とかできないものかと思います。
      大西良衛