雑貨屋のひとり言「必要は発明の母」
発明が生まれるのは、自分や周囲の人が実際に困っている場面を具体的に理解し、その問題が解決した姿まではっきりイメージできたときだと思います。
アメリカでピックアップトラックを運転していたごく普通のドライバーも、走行中に荷台の荷物が揺れて動き回り、到着するころにはぐちゃぐちゃになってしまうことに、日々不便さを感じていました。
そこで彼は、モジュール式で組み立てられるマットを荷台一面に敷き、その上にどんな形の荷物でも簡単かつ確実に固定できる低コストの治具を組み合わせることを思いつきました。
誰にでも扱いやすいこのマットと治具のセットは、いまやアメリカで人気商品となり、多くのピックアップトラックの荷台で使われているそうです。

Tmatという製品名で、ピックアップトラックなどの荷台を、モジュール式マット(12inch×12inch)とブロッカーで自由に仕切って荷物を固定できるカーゴ管理システムで、ベッド長ごとに複数サイズと価格が用意されています。
私たちの身の回りにも、このように「少し不便だな」と感じていながら、誰もなにもしないままになっていることがたくさんあるのではないでしょうか。ちょっと周りを見回してみませんか。そこから、あなたならではのいい発明が生まれるかもしれませんね。
川柳(東京・成近)
( 川 柳 )
万札はおいしかったと再生紙
万策が尽きた手形のゼロの数
タクシーにチップ弾んだ万馬券
路地裏に明治見つけた万歩計
十万人ライブ若さに触れてみる
(ニュースひとりよがり)
「冬季オリンピック開幕」
選手の皆さん滑らないよう頑張って — 応援席
「賞味期限」
2月8日 — 公約
「選挙の結果次第」
玉木さんに本チョコか義理チョコか — 高市首相
河合成近
龍翁余話(920)「日本及び日本人を考える」
2月11日は「建国記念の日」である。「建国をしのび、国を愛する心を養う国民の祝日」である。翁はこの「建国記念の日」にちなむエッセイを、これまでに3回書いた。2013年2月配信(265)「紀元節の思い出・高千穂峰」、2018年2月配信(511)「紀元節の思い出、再び」、2020年2月配信(612)「2月11日は建国記念の日、万歳三唱の日」の3回、主として「紀元節と建国記念の趣旨」それに翁が若い頃、高千穂峰の天孫降臨の地に立って詠んだ自作の和歌「高千穂に 日本人心(やまとごころ)をたづぬれば 樹氷答へし 天を見るべし」などであったが、今号は少し趣旨を変えて(2月11日の「建国記念の日」を機会に)現代の『日本及び日本人を考える』ことにした。
本論の前に――翁は本来「国粋主義者」である。と言っても翁の「国粋主義」は、中国の習近平のような“自分の地位と自国の利益を確保すれば他人や他国の文化などはどうでもいい”という覇権主義ではなく、また米国大統領のトランプが言うような“アメリカン・ファースト”(実は“トランプ・ファースト”)でもない――そもそも日本における「国粋主義」の原点は、幕末に台頭した「尊王攘夷」であるのだが、明治政府は“西洋文明のいいところを見習うべし”として「欧化政策」に踏み切った。それに反発したのが志賀重昂(しがしげたか=1863年~1927年、教育者・衆議院議員)や三宅雪嶺(みやけせつれい=1860年~1945年、哲学者・帝国芸術院会員)らが1888年(明治21年)に結成した政治評論団体「政教社」が主唱した「国粋主義」、これは明治政府の「欧化政策」を非難し「(外国の真似事をするのではなく)日本固有(伝統)文化を重んじる思想」すなわち「国粋主義」を掲げた。その論を展開した出版物が『日本及び日本人』である。この本は1907年(明治40年)1月から1945年(昭和20年)2月まで続いた言論雑誌である。
しかし、翁の「国粋主義」は習近平やトランプ、そして幕末の尊王攘夷や明治の「政教社」の「国粋主義」とは大きく異なる。確かに翁は天皇崇拝者ではあるが外敵を排斥するとか、外国文化を否定するといった思想は、翁には全くない。むしろ「日本の伝統文化を尊重・重視しつつも、外国の優れた文化は謙虚に学び、導入すべきである」と言うのが翁の思想である。故に翁は若い時から「オレは国際的国粋主義者である」ことを自認して来た。
それでは本論に入る――現代(戦後の)『日本及び日本人』はどうだろうか。それは、正に“日本国憲法の前文”に謳われているように「日本国は、正当に選挙された国会における代表者によって運営され、我が国全土に自由をもたらし諸外国との協和をもって再び戦争の惨禍を起こすようなことが無いよう決意し、ここに主権が国民にあることを宣言する。したがって日本国民は恒久の平和を念願し人間相互の関係を大切にする崇高な思想を深く自覚するものである・・・人権の尊重・自由の保障、諸外国との対等な立場と公正と信義を信頼し平和と生存の保持を決意・・・いずれの国家も自国のことのみに専念し他国を無視する行為があってはならない・・・日本国民は国家の名誉にかけて“民主主義の崇高な理想と目的”を誓う・・・」(以上,趣旨)――すなわち前文には「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義(戦争の否定と国際協調)」の“3原則”が掲げられている。戦後の『日本及び日本人』はこの“崇高な民主主義”を厳守し世界に範たる平和国家を醸成して来た。
“崇高な民主主義”とは何か――民主主義とは、政治権力が特定の王や1部の人ではなく人民(国民)全体に属し、その意思に基づいて代表を選び、法の下で平等・基本的人権を保障する政治の在り方を示す。つまり民主主義の基本は「権力の最終的な源泉は国民にある」「多数決を基本とするも少数派の権利も守る」「選挙などを通じて誰もが政治に参加できる制度と文化」だろう。こう書いていると、どこかの国のリーダーたち「国や権力はオレのもの、自分と自国がよければ他人と他国の文化はどうでもよい」というような独善的な言動をしている奴ら(21世紀の極悪人ども)の顔が浮かんできて胸糞が悪くなる。具体的に言えばウクライナ戦争で(ロシア・ウクライナ両国で)約200万人の犠牲者を出しているのにその犯罪意識も責任も持たないロシアの狐(プーチン)、台湾・香港、日本・米国など国際社会を脅かす覇権主義者で国際法無視の中国の狸(習近平)、国民の貧困を尻目にミサイル遊びに明け暮れる北朝鮮の豚(金正恩)、“裸の王様”で常軌を逸している(と見られる)独善家のアメリカの狼(トランプ)・・・今さら彼らに「国民主権」、「基本的人権」、「平和主義」を説いても聞く耳は持たないだろう。
日本の政治は、いつの時代でも外交・内政に多くの難問を抱えて来た。そして、これまで(どの政権も)それらの社会問題に真摯に取り組んで来た。どの問題がどの程度解決したか(あるいは先送りされているか)は議論の余地があるが、国家国民のために当該政策の実現に努力しようとしても「反対することが野党の使命」と飛んでもない勘違いをして重箱の隅をほじくり回す野党によって潰された政策も多い。あるいは、マスコミの偏見報道などによって潰された政策も少なくはない。民主主義だから言論の自由はあるし、本当に国家・国民のためにならない悪政なら徹底的に与党と対立するもよかろう。だが、野党は時々、反対の理由を「この問題は国民が反対している」と勝手に(根拠なしに)“国民”の名を使う卑怯な論法で議事進行を妨げるケースがままある。「国民主権」を意識しながらの健全な国会運営には未だ成熟が見られない“今日の日本の政治”である。
しかし総体的には(戦後の)『日本及び日本人』は(前述のように)“崇高な民主主義”を厳守し世界に範たる平和国家を醸成して来た。2月11日の「建国記念の日」に際し翁は考えた。今や民主主義が完全に根付き「国を愛し、平和を愛し、人を愛し、隣人に思いを寄せ、己れの人生を琢磨する」“人間的生きざま”は、未来永劫『日本及び日本人』の不変の姿であろう・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。
茶子のスパイス研究「Farmers Market」
今、日本は一番寒さが堪える2月だというのに、お天気だけは恵まれているサウスロスアンジェルス。特に今年は日中暑いくらいに温度が上がり半袖に短パン、サンダルの人も多く見られる。
この近くだとクレンショウとカーソンの近くの公園で週火曜日と土曜日に Farmers Marketがある。
土曜日の早朝、ハイキング仲間の出店が出ているので彼女が忘れたメガネを届けに行った。早朝のFarmers Marketは気持ちがいい。新鮮な切り立てのオレンジやリンゴをつまみながらシーズンの野菜や花を見ていると気分がいい。
マーケットと違って出店の人達の会話も楽しい。友人のタイフードのブースを訪れたアメリカ人の女性は30年前に初めてタイフードを食べてその魅力に虜になったそうだ。

アメリカ人の典型的な食事しか知らなかった彼女にとってさぞかし衝撃的だったはずだ。私もまだまだ知らないお野菜もあるし其々の国の調味料を使いこなせてはいないけれど興味深い。
先日、サウスベイに出来たベトナム料理に行った。ともかく繁盛していて賑わっていた。その後、ハモサビーチにあるペルー料理にも行ってみた。
其々の国から来た移民で成り立っている、このアメリカはかつてもっと秩序があって移民の人たちは一生懸命働いて地域の人とも共存して秩序ある暮らしをしてきた。
カリフォルニアに日本がすっぽり入ってしまうような日本にはアメリカのような移民政策は合わない。この4年間で日本は移民の数が4倍、今後も3年間で123万人を入れる事になってしまった。業界団体からの献金の圧力は自民党でも変えられない。何故、外国人優遇するような事ばかりが起こっているのか、、、、
歴史的な選挙が今週日本で行われる。そんな様子を米国から固唾を飲んで見ている。
もう、株主資本主義から脱却してかつての日本がやってきた公益資本主義に立ち戻って欲しい。
スパイス研究家 茶子
小春の気ままな生活 第57話「如月」

早いもので、2月に入りました。今年のテネシー州の冬は意外に寒く、雪が沢山降り、今まで経験のしなかった氷嵐(ICE STORM)などという気候も知ることになりました。一昨日の夜中にも少しの雪が降り、朝起きるとうっすらと雪が積もっていました。その日は晴れだったので、日中には雪が溶けてしまいましたが、我が家のリビングから見えるアパラチア山脈は夕方になっても雪化粧でとても綺麗でした。流石に、2週間もお買い物に出かけられなかったので、今週はなんとしてもお買い物に行こうと月曜日に出かけようと思ったら、主人が道路の雪や凍結を心配して「僕が運転するよ。」と一緒に出かける事になったのです。私的には、買い物の量に驚かれるので、一人で行きたかったのですが、好意には背けず一緒に出かけて頂きました。我が家の食事は、10〜20%がタンパク質(肉・魚など)、60〜70%が野菜、残りが炭水化物(米・パン・パスタなど)なので、野菜がダントツに足りなくなってしまいました。日本人は外食が続くと野菜を欲しますよね。アメリカ人は、何かあるとマクドナルドを食べます。どの国に行っても、同じ味だからだそうです。私の主人は変わっていて、日本や外国に行くとマクドナルドは意地でも食べません。行った国の食べ物を食べたいそうです。アメリカに帰ってきたら食べれる物はよその国に行った時に食べるのはもったいないそうです。元々、他国の食事が好きで色んな食べ物を食べていたので、そこまでマクドナルドを食べたいとも思わないのでしょう。
話が逸れてしまいましたが、今週は節分がありました。我が家では、ロサンゼルスにいる時から、大豆をローストして食べていました。思いの外、簡単に作れるのと、でん六豆がなかなか手に入らないので、自分でレシピを検索して作るようになりました。大豆を一晩水につけて、翌日よく水を切った豆を150度(300F)のオーブンで50〜60分ローストすると出来上がりです。途中、コロコロひっくり返すとまんべんに焼けます。
でん六豆にしたい場合は、水と砂糖をフライパンに入れ中火で火をかけます、グツグツしてきたら豆を入れて混ぜて少し経つと、水分がなくなり砂糖が豆にまぶされます。シナモンや抹茶を入れても美味しくなります。会社勤めの時は、ローストした大豆をおやつに持って行ってました。医者にコレステロール値が高いと言われた時に、まずは減量からと会社でいただくお菓子(ほぼクッキー・ケーキ・チョコレート)を食べず、果物や豆などを持って行ってました。
ここ数週間、外にも出ることができなかったので、家で10分間の運動をYouTubeを見ながら主人と頑張っていました。今まで、私だけやっていた運動なのですが、ウォーキングだけではなかなかハートレートが上がらないので、この10分間の運動をする事で心臓がバクバクします。足腰の筋肉も強くなり体がとっても熱くなるので、ウォーキングできなかった時は絶対にやるようにしています。「家トレTV」という チャンネルで検索すると出てきます。ご興味のある方はチェックしてみてください。
それでは、また来週。
小春
ジャズライフ Jack Jezzro “Bacharach on Guitar”
たまに聴きたくなるアーティストがいます。それはナッシュビルを拠点とするジャズ・ギタリストのJack Jezzroです。今回選んだアルバム『Bacharach on Guitar』は、2025年5月23日にGreen Hill Productionsからリリースされたジャズ・ギター作品です。このアルバムは、バート・バカラックの名曲をギター中心にアレンジしたもので、全12曲、約53分構成です。Jezzroのナイロン弦ギターがメロディを優しく紡ぎ出す点が魅力で、全体的にリラクゼーション向きで、ジャズファンやバカラック愛好家にぴったりです。《R.O.》
1-What the World Needs Now is Love
2-I Say a Little Prayer
3-The Look of Love
4-(They Long to Be) Close to You
5-This Guy’s in Love with You
6-I’ll Never Fall in Love Again
7-Walk On By
8-Alfie
9-Do You Know the Way to San Jose
10-Arthur’s Theme (Best That You Can Do)
11-Raindrops Keep Fallin’ on My Head
12-That’s What Friends Are For

編集後記
我が家で使っているウスターソースが無くなったので、新しいものを買いに行きました。売り場に行くと、ウスターソース以外にもたくさんのソースが棚いっぱいに並んでいることに気づきました。そこで「本当にウスターソースでないとだめなのか?」と考えました。
思い返してみると、ウスターソースを使うのは豚まん(関東では肉まん)や焼売を食べるときぐらいです。少ない容量のものを買っているのに、いつも冷蔵庫の片隅に長いあいだ居座っています。濃いソース(とんかつソース)も同じようなもので、出番が少ないわりに長期間冷蔵庫に入ったままになっている気がします。
「もしかしたら、これらのソースはそもそも要らないのではないか」と思い始めたころ、「中濃ソース」と書かれたボトルが目に留まりました。イメージとしては、濃いソースと薄いウスターソースの中間くらいのとろみと味なのかな、と想像し、「これひとつでいいのでは?」と思いました。
考えてみると、この中濃ソースをこれまで一度も試したことがありませんでした。関西ではあまり選ばれないソースかもしれません。それでも、今回はあえてこの中濃ソースを選んで家に持ち帰りました。
さっそくキャベツなどにかけて食べてみると、個人的には「これ、好きかもしれない」と感じました。少し甘みもあるので、これなら孫たちも嫌がらずに使ってくれるかもしれないと思っています。
みなさんのご家庭では、どんなソースが活躍しているでしょうか。ウスター、トンカツ、中濃、あるいは全く別のソースでしょうか。よろしければ教えてください。
この話にはオチがあります。機嫌よく中濃ソースを使って冷蔵庫に戻そうとしたときのことです、奥の方に見覚えのある小さな容器が見えました。それは未開封のウスターソースでした。ウスター、とんかつ、中濃の3種類のソースが揃ってしまいました。当分の間、3種類のソースを楽しめそうです。《R.O.》



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