雑貨屋ウィークリー1549号

雑貨屋のひとり言「AIが職を奪う?」

AI(Artificial Intelligence、人工知能)という概念は1950年ごろから存在していたようですが、私たちがそれを身近に感じるようになったのは、スマートフォンなどで文章や音声の翻訳、会議の議事録作成といった作業が簡単にできるAIツールが登場してからだと思います。

そして、2022年11月にChatGPTが登場したことで世界が大きく驚かされました。公開からわずか2か月で月間アクティブユーザーが1億人を突破し、史上最速で普及したサービスとなっています。これまでのAIブームとは質的に異なり、実用性に基づく大きな変化が起きたといえるでしょう。

私自身も、ChatGPTが公開されてから約4か月後に実際に使ってみて、その想像を超える性能に驚かされました。まさにAI実用化の転換点を感じた瞬間でした。いまでは多くの企業がAIサービスを導入し、ビジネスの現場での活用が進んでいます。これまで多くの人が数か月かけて行っていた調査・分析・資料作成が、わずかな時間で済んでしまうのですから、企業が積極的に取り入れるのは当然の流れでしょう。

一見すばらしいことのように思えますが、その裏には恐ろしい変化もあります。たとえば、弁護士が法律問題を解決するためには、関連法規や過去の判例を分析・整理する膨大な作業が必要です。もしそれをAIが高精度で代行できるようになれば、人員・コスト・時間を大きく削減できますが、裏を返せば、これまでその専門業務を担ってきた人たちの職が不要になる可能性もあります。

経理のように数値処理を中心とする業務も同様です。AIによって専門的で時間のかかる作業がこなせるようになれば、仕事の構造自体が変化していくでしょう。実際にアメリカでは、AIの普及によってホワイトカラーの仕事が大幅に減少し、その一方でブルーカラー職種の人手不足が深刻化するという逆転現象が起きています。高い給与を提示しても応募がないという企業も少なくありません。

有名大学を卒業してホワイトカラーの職を目指しても就職が難しく、やむなくブルーカラーの仕事に転職する若者も増えているそうです。日本でも「まだ先の話」と思われていたこうした変化が、AIの登場によって現実味を帯びてきました。技術革新がもたらす恩恵とリスク、その両面を冷静に見つめ直す時期に来ているのかもしれません。《R.O.》

川柳(東京・成近)

( 川 柳 )

五十年頑固亭主を飼い慣らし

六十歳まだ人生は3コマ目

七十の手習いもよし長寿国

八十路坂なお逃げ水を追っている

九十の脳から消えぬ敗戦日

(ニュースひとりよがり)

「政界暦」

今年の1月2月は師走です ― 国会の先生

「中道改革に」

〝連合〟が欠かせない ― 中道改革連合

「共同代表」

下駄の雪から鼻緒に ー 公明党

河合成近

龍翁余話(917)「大宰府天満宮」

1月25日は“学問の神様”菅原道真公が今から1125年前の901年(延喜元年)のこの日、第60代天皇・醍醐天皇によって京都から大宰府に左遷させられた日である。この“左遷の日”の数日前(1月中旬)翁、約30年ぶりに『太宰府天満宮』を訪れた。西鉄「大宰府駅」近くの有料駐車場に車を停め、約400mの参道を往く。左右に名物梅が枝餅販売店・お土産店・カフェ・食事処など約80店が軒を並べている。30年前と同じ風景だ。懐かしさがこみ上げる。すれ違う観光客の言語は朝鮮語(韓国人)、中国語(台湾人)が圧倒意的に多い。境内に入ると目の前には道真公と深いご縁がある神様のお使い「御神牛」の像、観光客が並んで牛の顔や頭を撫でている。

「心」の字を描く「心字池」に架かる(過去・現在・未来を示す)3連の「太鼓橋」を渡り、「手水舎」(ちょうずや)で手口を清め「第1鳥居」と堂々たる「楼門」をくぐって本殿へ。

本来なら道真公の御墓所の上に創建されている重要文化財「本殿」(菅聖廟=かんせいびょう=全国12,000天満宮の総本宮)の威容が見えるはずだが、2023年(令和5年)5月から124年ぶりの大改修を行なっているため、現在は(本殿前に仮設された)「仮本殿」が参拝客を迎えている(今年3月に完成予定)。翁もその「仮本殿」で参拝したが何となく味気なく寒々しかった。寒々しいと言えば、(改修中の)本殿の右側に保存されている「飛梅」も(2月の開花を前に)薄寂しい佇まい。【東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春を忘るな】(我が家に咲く梅の花よ、東風(春を告げる風)が吹いたら、私がいる大宰府まで匂いを届けておくれ、主人がいなくても春を忘れるなよ)――道真公がこよなく愛した梅の木との別れを惜しんで詠んだ和歌――今から1125年前の901年(延喜元年)1月25日、醍醐天皇によって京都から大宰府に左遷させられた時、主人(道真公)を慕って京都から大宰府へ一夜にして飛んで来たと言う伝説の梅の木(ご神木“飛梅”)が今も本殿の右正面に健在しているのだが、境内には他に約200種、約6,000本の白梅・紅梅が植樹されており、日本有数の“梅の名所”でもある。

ところで翁、境内を散策しながら“醍醐天皇が何故、道真公を大宰府に左遷したか”を考えてみた。後世に伝えられている説(物語)では、右大臣(最高行政機関である太政官の長官)道真の頭角を妬んだ左大臣(右大臣と同じ長官ではあるが右大臣より上位)の藤原時平(ふじわらのときひら)が、道真を追い落とそうと、例えば「道真は国家の政治を私物化している」とか「天皇を軽んじている」などと、デッチ上げ偽情報を醍醐天皇に讒言(ざんげん=告げ口)した。道真の高邁なる人間性と卓越した頭脳を評価していた醍醐天皇は、最初は(時平の讒言を)無視していたが、時平及び時平派の太政官たちも“反道真”の言動をとるようになり、“このままでは、行政機関の機能が止まってしまう”ことをおそれた醍醐天皇は(しぶしぶ?)道真の筑紫国(現福岡市)大宰府左遷を決定した――このように伝説では、道真公の政敵・藤原時平が悪者になっているが(それも頷けるが)、要は、道真公の並みはずれの政策発案と実行力が際立ち、時平や他の太政官たちの妬みを買ったのではないだろうか――“醍醐天皇が道真をしぶしぶ大宰府に左遷した”と書いたが、その証拠に道真公が903年(延喜3年)2月に死去した後、醍醐天皇は道真公の徳を忍び、左遷を悔い(道真公の菩提を弔うため)905年(延喜5年)に「安楽寺天満宮」を創建した。これが現在の太宰府天満宮となる。

そこで翁、ふと「出る杭は打たれる」を思い出した。才能や手腕が抜きん出ている人や、出過ぎた振る舞いをする人が周囲から妬まれたり非難されたりして制裁を受けることを意味する言葉であることはご承知の通り。語源は中国・唐時代(618年~907年)の宰相だった杜淹(とえん)が遺した言葉だそうだが、翁の想像では、この言葉が我が国で具体的に使われるようになったのは、この「道真公左遷事件」からではなかったか・・・それはともかく「出る杭は打たれる」は古今東西、政界・財界・学界・文化界・芸能界などあらゆる分野で見受けられた(現在も見受ける)現象である。仕事ですばらしい結果を出したのに、同僚や先輩から、その成果をちゃんと評価されなかったり、むしろ言われなき中傷によってせっかくの才能を潰されてしまったり・・・一方で「そのような現象に潰されないで(打ち勝って)自分の才能と人格を磨き上げる人が本物の杭(能力者)だ」と言う人もいる。(出る杭を打たれて)一旦は京の都(政界)を追われた道真公ではあったが、結果として彼は後世で“神様”となり多くの人に崇められるようになった。それもこれも能力者に対する正当な評価と理解があっての結果である、と『太宰府天満宮』は参拝者に語りかけているように思えた・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

茶子のスパイス研究「日本イタリア国交160周年」

この1 月15日はイタリア初の女性大統領のメロニーさんのお誕生日だったらしい。
丁度、メロニーさんがお誕生日を日本で祝える事になって高市総理も暖かくもてなしている様子を見て今までの上っ面の外交とは大きく違う事を感じた。
高市さんがメロニーさんにお誕生日祝いに差し上げたものは娘さんも大好きなサンリオのキャラクターグッズだったらしい。日本のアニメも大好きだそうだ。

イタリアも日本も小さな国で遠く離れた場所ではあるけれどお互いに似ている国民性があり日本人とは合う。お互いに某国からの移民ビジネスでボロボロにされた点でも今後未来に向かって修復していく為に協力していける共通項がありそうだ。

私の所属しているサンペドロハイキングリーダーもイタリア移民でこの港の歴史を戦前、戦後と見続けてきた生き証人だ。
その人が言うには元々日本人とイタリア人は情もあり気性も合うようで戦前このサンペドロが世界1の漁獲高を誇って賑わっていた頃は日本人とイタリア人はお互いに助け合いどこに魚がいるか情報交換していたのだそうだ。
残念ながら他の国から来た漁師達は他から情報を得ても自分たちの得た情報は教えない協力しないというスタンスだったらしい。
そんな中、日本人とイタリア人の信頼関係は固く結ばれていたそうだ。
戦争中、三国同盟というものが結ばれたそうだけれど裏切らなかったのは、やはりイタリアという国だけだった。だから戦争中悲惨な目に遭ってきた日本人に対して今でも心を寄せてくれている。

今まで自分が父親と訪れていた日本町が1日にしてブルドーザーで潰されサンペドロ湾から日本人の船が没集され日本人は収容所に送られた。
自分達も収容所行きかと覚悟したらしい。家にFBIが来て脅かされた事を子供ながら強烈に覚えていると言っていた。

不幸中の幸い、半年は漁港の仕事が出来なかったらしく家計も大変だったらしい。
それでも家族総出で働いて凌いできたそうだ。当時、6歳だったハイキングリーダーの人も学校から帰ると毎日、靴磨きをして家計を支えたらしい。

そう言えば、日本の儀仗隊が式典でメロニーさんを迎えた時、儀仗隊の音楽が終わった後、涙を拭っていたのを見た。
同じ志を持つ国のリーダーの本気度は自国の国だけでなく他の国にも影響を与える事になるだろう。

もう直ぐ日本は解散総選挙が行われる。日本が再び息を吹き返す事が出来るか歴史的な転換期を迎えている。何とも言えないこのワクワク感。

LA は、もう小春日和の暖かい日が続いています。日本も早く春が来ますように、、、

スパイス研究家 茶子

小春の気ままな生活 第54話「Blue Ridge – ブルーリッジ山脈」

今季の冬はジェットコースターの様な冬のテネシー東部です。今日、金曜日に至っては外の天気が良いのですが、一旦外に出るとそれはそれは寒くお買い物もスルーしてしまいました。運動は家の中で10分で出来るものをしています。また、キッチンのカウンターを使って腕立て伏せをします。

さて、今日のお話を考えているときに、ふと思い出したのが「ブルーリッジ」。町の名前でもあり、色んなところでこの名前をよく聞きます。以前、ジョージア州のブルーリッジという町にも行った事があります。小さな町ですが、お金持ちの町で中心街は少しおしゃれなお店が集まっていました。ブルーリッジは山脈でもあり、ジョージア州からペンシルベニア州にかけて走る山脈で、アパラチア山脈の一部です。南東側の端部がブルーリッジ山脈になります。名前の通りに、遠方から見た時に青く霞がかかって見えることから名付けられたそうです。

最高地点は、アパラチア山脈でも最高地点になるミチェル山でノースカロライナ州にあり、標高2,037mです。私がいつも話をしているTelico Plaineを通って165号線をノースカロライナ州へ向かって行くと、山脈が見えてきます。私が行った時はノースカロライナ州へ入る前に、霧が出てしまい運転が危ないので引き返してしまいました。山道では良くあります。以前、マウイ島のカレアカラ山へ行った時も途中が濃厚な霧で怖い思いをしたのを覚えています。

ブルーリッジ山脈には、国立公園の中でも最も訪れる人が多いグレート・スモーキー山脈国立公園があり、シェナンドー渓谷のあるグレート・バレー(Great Appalachian Valley)を介してアパラチア山脈の本体に連なっています。

アメリカ合衆国のオールアメリカンロードの一つであるブルーリッジ・パークウェイが、ブルーリッジ山脈をぬってシェナンドー国立公園とグレート・スモーキー山脈国立公園を結んでいます。カントリー音楽はこの辺りをベースに歌う事が多く、カントリー・グループにシェナンドーというグループもいます。

いずれ訪れてみてはいかがでしょうか。

それではまた来週。

小春

ジャズライフ Janet Seidel”Winter Moon”

今週はオーストラリアを代表するジャズヴォーカリストのJanet Seidelのアルバム”Winter Moon”を紹介します。Janet Seidelは澄んだ発声と品のあるスイング感、そして繊細で温かみのある表現でジャズスタンダードを中心に高い評価を受けています。透明感のある声質で力で押さない自然な歌唱が魅力です。派手さよりも「グルーヴの気持ちよさ」を大切にした歌い方で、リラックスして聴けるジャズを体現しています。感情を過剰に乗せすぎず、物語として丁寧に歌うスタイルは、大人のジャズ・ヴォーカルとして人気があります。Janet Seidelの声は、ビブラート控えめでまろやか、しかも発音がクリアなので、英語の歌詞がとても聴き取りやすいのが大きな魅力です。録音が素直でオーディオ的評価も高いと言われているので、スピーカーの定位やボーカルの質感チェック用のソフトとしても楽しめます。《R.O.》

1.Seems like old times
2.Just You, Just Me
3.Nuages
4.For Heaven’s Sake
5.Please dont talk about me when Im gone
6.Golden Earrings
7.Cocktails for two
8.Change Partners
9.Baby wont you please come home
10.Prelude to a kiss
11.Down with love
12.Big Bad Bill
13.There I go again
14.Harlem Nocturne
15.Winter Moon
16.Fascinatin’ Rhythm

編集後記「資源が豊富=国民が豊かになるとは限らない」

ベネズエラには世界有数の石油埋蔵量がありますが、現在は深刻な経済危機と貧困に苦しんでいます。石油収入に過度に依存し、政治と経済運営を誤った結果、製造業や農業、技術産業が十分に育たず、国全体を支える仕組みそのものが弱体化してしまいました。
そのため、働いても生活が成り立たない人が増え、これまでに約700万人以上の国民が国外へ流出し、社会は今も不安定な状態が続いています。

一方、資源が乏しい日本は、多くの原材料を海外からの輸入に頼っていますが、限られた資源を節約する工夫や代替材料の開発、リサイクル技術の向上などに取り組んできました。
そうした知恵と技術によって付加価値の高い製品やサービスを生み出し、資源小国でありながら先進国としての地位を築いてきたと言えます。
近年は、ハイテク製品や電気自動車に不可欠なレアアースをめぐり、一部の産出国による輸出規制が日本経済にとって大きなリスクになっています。
しかし、日本は備蓄の拡充や供給国の多様化、代替素材の研究開発などを進めており、これからも知恵と技術を生かしてこの難題を乗り越えていくことが求められていると感じています。《R.O.》

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