雑貨屋ウィークリー1546号

雑貨屋のひとり言「テキサス州マッカレン市」

私がロサンゼルスの駐在員だったとき、メキシコの工場を訪れたことがあります。メキシコ工場はレイノサという町にあり、アメリカ・テキサス州マッカレン市と国境を挟んで接していました。日本からの駐在員はテキサス州マッカレン市に住み、毎日車でメキシコとの国境を越えて工場に通っていました。

先日、YouTubeを見ていたところ、そのマッカレン市が紹介されていました。懐かしい思いで視聴していたのですが、内容はごく普通の街の紹介ではなく、「マッカレン市は世界で最も肥満の人が多い都市の一つとされている」というもので、大変驚きました。マッカレン市では人口の過半数が肥満または体重過多とされ、住民は身体的な問題のリスクが高く、早死にする可能性も高いと紹介されていました。

動画によれば、マッカレン市の人々は太らざるを得ないような社会構造の中で暮らしているとのことでした。私が訪れたのは1990年代後半で、その時点ではそこまで酷い印象はありませんでしたが、思い返せば街にはファストフード店が密集し、都市は徹底して車中心に作られていました。歩道もサイクリングレーンもほとんどなく、歩くことも運動することも難しい環境だったのです。

さらに深刻なのは、いわゆる健康的な食事は値段が高く、逆にファストフードやジャンクフードはボリュームがあって値段も安いという現実です。アメリカの平均収入の7割程度しか収入のない市民にとっては、どうしても「安くてお腹がふくれる=栄養価は低くカロリーは高い」食べ物を選びがちになります。その結果、一日に必要なカロリーの3倍以上を摂取してしまう人も少なくないようです。

食べることは楽しみであると同時に習慣になり、やがて依存に近い状態になってしまうこともあります。この状況は、個人の意識だけの問題というより、街のつくり方、食べ物の価格、そして長年積み重ねられてきた文化が生み出した現象と言えそうです。同じようなことは、アメリカの他の都市でも起きているのだろうと思います。

日本には、そこまで極端な肥満の人はまだ多くありません。これは幸運にも、これまでの社会構造によって偶然守られてきた面があるのかもしれません。ただし、油断していると同じ道をたどる可能性もあります。街のあり方や食の環境を含めて、あらためて考えていく必要があると感じました。

川柳(東京・成近)

( 川 柳 )

九分九厘駄目と知ってて宝くじ

カウント9 明日のジョーが立ち上がる

九十分走りPK戦で負け

九十になった もう愚痴こぼすまい

九条がこんなに痩せた替わり玉

( ニュースひとりょがり) 

「〝高〟で横ばい」

内閣支持率も頑張ってるな ― 米価

「ガソリン値下がり」

その分値上げさせてもらいます ― 首都高速料金

「巳年回顧」

熊にしてやられた ー 蛇

河合成近

龍翁余話(914)「追憶・感謝」

1997年4月から2024年10月までの27年半の長きに亘って「朝だ!生です旅サラダ」(朝日放送系列)のMC(総合司会)を務めた俳優・神田正輝の(番組中の)ダジャレは有名だったが、そのダジャレの1つに、彼は(毎年)、新年最初の番組で「本年も残すところ、あと360何日となりました」と言った。以前、彼が所属していた石原プロモーションとはかなり縁が深かった翁、そのダジャレの真意を訊いたことがある。彼の答えは「新年が始まったばかりなのに“残すところ360何日”と言うのは滑稽に思われるでしょうが“時の流れは早い、今年も元気で頑張ろう!”の激励の意味です」と答えた。そう言えば翁の好きな言葉に“光陰流水”(古代中国の詩人・白楽天の言葉)というのがある。明治・大正・昭和の俳人 高浜虚子(正岡子規の門弟)の句にも「松過ぎて又も光陰矢の如く」というのがある。つまり“正月は過ぎても歳月の流れは早いから気を引き締めてこの1年を頑張ろう”を意味している。神田正輝もそのことを言いたかったようだ。

さて、今年(2025年)も余すところ(今日12月28日を入れて)わずか4日「あ~あ、もう今年も終わりか」――毎年、同じセリフを口にする。しかも、歳を重ねるごとに、そのセリフに一層の哀感が漂うようになる。神田正輝の“今年も残すところ360何日となりました」に励まされ“悔いの無い1年を”と念じて今年も新年を迎えたはずなのに、思い返せば、随所に“悔いが残る光陰”であった。但し翁の”悔い“は決定的なダメージで尾を引くようなものではなく、少しばかり残念だったと言う程度の”悔い“に止まったことは幸いである。年末は“光陰流水”が身に沁みる一方、深い追憶と感謝の情が高まる時でもある。毎年、同じ思いをさせられるのが年末というもの。つまり、年の瀬は毎年「後悔・追憶・感謝の時」である。一昨年(2023年)と昨年(2024年)の年末最後の『龍翁余話』を読み返してみた。今号はそれらの1部を抜粋して「追憶・感謝」の情に浸ることにする。

2023年の年末の最終稿『龍翁余話』(813)「人を恋ふる歌」――これは言うまでもなく与謝野鉄幹(1873年~1935年、歌人、妻は同じく歌人の与謝野晶子)の歌のタイトルである。当時(明治40年代)の文学青年や学生たちに愛唱された“青春賛歌”。翁も高校時代、親友“4人組”の誰かに教えて貰い、一緒にこの歌にはまった。いや、高校時代にとどまらず後期高齢者になった翁は今もなおこの歌が好きで、誰もいない場所では時々口ずさむことがある。その理由の1つは神戸の高校時代の親友(3人)を恋ふる(偲ぶ)歌”でもあるからだ。“4人組”の友情は高校卒業後も続いた。残念ながらそのうち2人はすでに他界し、現在は横浜市在住のY君と翁の”2人組“になってしまった。が『人を恋ふる歌』を通して、すでに逝きし2人の親友を偲ぶ気持ちは(Y君も翁も)今も変わらない。

♪妻を娶(めと)らば才長けて 見目(みめ)麗しく情けあり 友を選ばば書を読みて 六分(りくぶ)の侠気四分(しぶ)の熱・・・に始まるこの歌、全部で16番まであるが翁が知っている(歌える)歌詞は、ほんの1部、その中で翁が特に好きな歌詞は♪ああ青春は今往くか 暮るるに速き若き者 宴(うたげ)の庭の花筵(はなむしろ) 足音もなく時の舞う・・・なのだが何故か、いくら探しても16番までの歌詞の中に見当たらない。まさか高校時代、この歌を翁に教えてくれた親友3人のうちの誰かが作詞(追詩)したのではあるまいが、この歌詞が、いつ、どこから生まれたのか、いまだに(翁の胸に)引っ掛かったままである。

2024年の年末の最終稿『龍翁余話』(865)「年賀状じまい」――翁が『年賀状じまい』をしたのは80歳を迎えた年からだった。『年賀状じまい』つまり「年賀状は本年を以て失礼させていただきます」と言う“年賀状取り止めの挨拶文”を作るのに、かなり神経を使った。「相手に失礼にならないように、どんな言い訳をしようか」幾つかの資料(文章例)を参考にしたが、結局は「自分の本当の気持ちを書けばよい」と言うことに決めた。不正確な記憶だが「小生、八十路(やそじ)を迎え、本年を以て新年のご挨拶状を終わりとさせていただきます。さりとて長年、皆様からいただいたご厚情・ご愛顧に対する感謝の意を忘却するものではありません。生ある限りこの時期、皆様に寄せる感謝と併せ、皆様及びご家族ご一同様のご健勝・ご多幸を心から祈念するものであります」・・・

ある調査会社の調査によると(年賀状を)「出さない」が62.6%もあったそうだ。その代わり「スマホ(メール等)での挨拶」が半数以上(翁もそうだ)。ところが驚いたことに(呆れたことに)「人間関係の整理をしたい」の回答が20.6%もあったという。「人間関係を整理する」なんて飛んでもない思い上がりだ。翁は現役時代、仕事柄、多くの人との交わりがあった。中には思想の違い、性格の違いでソリの合わない人もいたが(自然と距離を置くようになった人もいたが)自分から「整理する(その人との付き合いを止める)」などと言う不遜な考えを持ったことはない。孔子の言葉に【朋(とも)有り 遠方より来たる また楽しからずや】南こうせつの歌に♪離れてなお愛おしく感じる友ありて・・・がある。翁、超高齢になるにつれ、友人との別れが多くなって寂しい思いをし“朋有り、また楽しからずや”“離れてなお愛おしく感じる友ありて”の心境が強くなっている昨今、「人間関係を整理する」などと言う人の気持ちが測り知れない。

さて『人を恋ふる歌』は(前述の通り)翁にとっては“友(親友)を恋ふる(偲ぶ)歌”であるのだが、“年の瀬”に際し、更に言う「今は亡き人(家族や友)を偲ぶと同時に、たとえ『年賀状じまい』はしたけれど、現在なお翁がお世話になっている友人たちや読者各位、そしてファミリーへの“1年の感謝”、“我が身の健康への感謝”を再び噛み締める時期でもある。そして来たる新年に備え、与謝野鉄幹の遺訓【この日 再び来たらず 寸陰一尺の壁(たま)】を肝に銘じる時でもある・・・と、そこで結ぶか『龍翁余話』。

茶子のスパイス研究「今年もピンク🩷のサンタさんと再会」

先週からいろいろ用事があって、またLAに来ています。パロスバーデスの道を走っていたら去年見かけたピンク色の衣装を着たサンタクロースが立っていました。定番の赤いコスチュームも良いのですが私はこのピンク色のサンタさんが気に入っています。今年は近くまで行って写真を撮ってきました。

グリーンヒルズメモリアルパーク( 霊苑) の前を通るとたくさんクリスマスツリーやカラフルな花などで彩られたお墓が賑やかです。故人を偲んでそこでシャンペンやワインを飲んでいる人たちもいました。ここの霊苑には友人の旦那様が2人、私のクライアントさんだった方が4人永眠されています。日本人や日系の方々のお墓も多いようです。

今年のサウスベイの街並みは昔よりお買い物をする人が少なくなった気がします。オフィスやお店も空きスペースが増えていてショッピングモールの活気も流行病以降、まだ回復の兆しが見られません。レストランよりも家族や友人達と食事をしながら家で静かなクリスマスのひと時を過ごす人達が増えたのかもしれません。

さて、今年も後わずか、、、年末の大掃除と書類の整理や荷物の断捨離がどこまではかどるやら、、、、

スパイス研究家  茶子

小春の気ままな生活 第五十一話「2025年の締めくくり」

テネシー東部の冬は、今のところ穏やかで少し前には氷点下だったのに、クリスマスから暖かくなり、今日12月26日は夕方でも半袖でウォーキングに出掛けられるほどでした。我が家はウォーターヒーターが直り、やっと通常の生活が戻って来ました。今年は、娘が居ない初めてのホリデーになり、毎年楽しみにしてくれていたお節料理も小規模になりそうです。

先日、主人のトラックのスクリーンにSaving Modeの表示が出続けていたので、ネットで検索してみたらバッテリーの充電が少なかった様でした。最近の車はバッテリーを切らすとコンピューターのメモリーがなくなってしまったり車の設定に支障が起きるので、早めに修理に出しました。車自体はあまり距離は乗っていないのですが、すでに7年も乗っているので時期といえば時期だったと思いますが、やはり寒い冬のあるテネシーではバッテリーの寿命は短いそうです。カリフォルニアでは7〜8年は当たり前の様な気がしますがテネシーでは3年程と聞きました。芝刈り機も来年の初夏までは使わないので、時々エンジンをかけたり、四季がある事で生活の習慣もかなり変わってしまい、慣れるにはもう少しかかりそうです。

今年のクリスマスは、ご近所さんにも大変お世話になったので、お気持ちにクッキーでも作ってお配りしようと思っていましたが、ご近所さんは私たちより少し年上の方が多い事と、病気持ちの方も多いので、甘めの物は大丈夫そうな方だけにし、そのほかの方にはお惣菜的なものにしようと決め、私も簡単に作れる物を考えてみました。6件に渡すので、バスクチーズケーキを2件(意外と砂糖は少なめです)、野菜のキッシュを2件、アーミッシュ・アップルフリッター・ケーキを2件(砂糖多め)を作りました。バスクチーズケーキはグルテンフリーの粉を使いました。キッシュは以前、義姉に作った時とても喜ばれたのでアメリカ人向きかなぁと思い作ってみました。キッシュは見た目よりかなり簡単に出来るのです。パイ生地もバター・塩少し・小麦粉・冷たい水を少しで出来ます。中身は、卵・炒めた野菜なんでも(ほうれん草とベーコンなどが主流ですが、ピーマンかパプリカ、玉ねぎなども良いです。)

私の主人は、日本食を中心に作る私の料理を長年食べてくれているので、アメリカ人が普段何を食べているのか全くわかりません。ただ、フライドチキン・スープ・ハンバーガーにポテトなどの話はよく出てきます。なので、病気持ちの方の足を見ると浮腫んでいる事がほとんどです。私も30代の頃は、冷凍食品やアメリカご飯をよく食べていた頃、仕事が終わると足が浮腫んでいたのを覚えています。これは体内の炎症が原因なのではないかと素人ながらに思います。どうにか、ご近所さんの食生活を改善してあげたいと余計なお世話を毎日考えるこの頃です。それは、主人にとても親切にしていただいた取引先の方が7年ほど前に亡くなった事がきっかけでした。その方は毎日ピザ・ハンバーガーなどテイクアウトをしていたからです。アメリカの食生活はひどいです。

今年もグダグダ私の田舎生活の話を読んでくださってありがとうございました。来年も、私のグータラ生活にお付き合いいただけると嬉しいです。

良いお年をお迎えください。

小春

ジャズライフ Antonio Carlos Jobin

私が小学生だった1963年に今日紹介するアルバムがブラジルでリリースされました。Antonio Carlos Jobimのピアノとギターが心地良いリオ産のボサノヴァらしいさざ波のようなリズムに、アメリカのイージーリスニング/クールジャズのエッセンスを差し込んだサウンドで、「海風の吹くストリングス・ジャズ」といった雰囲気があります。

Jobim自身は多くの曲でギターよりもピアノを弾いていて、硬質で少しドライなタッチが、甘くなりすぎないボサノヴァの「知的なクールさ」を作り出しています。《R.O.》

1-Garota De Ipanema
2-O Amor Em Paz
3-Água De Beber
4-Vivo Sonhando
5-O Morro Não Tem Vez
6-Insensatez – Instrumental
7-Corcovado
8-Samba De Uma Nota So
9-Meditação
10-Só Danço Samba
11-Chega De Saudade
12-Desafinado

編集後記「ウォッシュレットが壊れました」

10年以上前にトイレのリフォームをして便器と便座を取り替えたのですが、便座のウォッシュレットが壊れました。壊れたと言っても、便座が割れてしまったわけではありません。水を流そうとしてもうまく流れなかったり、しばらくしてから予期せず水が出てくるという不具合で使いづらい状態が続いていました。ウォッシュレットは電気製品なので壊れる確率が高いので、こうなることは仕方がありません。ウォッシュレットの便座を新しいものに替えれば解決するのですが、そもそも中途半端なリフォームだったのですべてが気に入らなく感じていました。この際だからすべてのものを新しいものと替えようと決心しました。今年中に取り替え予定ですのでスキッと気持ちよく新年を迎えたいと思っています。《R.O.》

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