龍翁余話(373)「広大な芝桜の絨毯」
偶然に視たテレビのスポットCM(時間指定がない臨時CM)の芝桜があまりにも美しかったので、4月末日、埼玉県秩父市の羊山公園へ出掛けた。西武池袋線に乗るのは、何十年ぶりだろう。しかも、電車で秩父まで行くのは初めてだ。乗り場が分からなくてウロウロしながら(西武鉄道の)駅員に訊ねた。すると「秩父まで行かれるのでしたら特急電車が便利です。特急は全席指定ですから特急券が要ります」と丁寧な応対。「どこで買うの?」「券売機もありますが、乗車券売り場がいいでしょう」と言いながら(翁をチケット売り場へ)連れて行ってくれた。親切な駅員だ。“まるで俺は、おのぼりさんだな”と苦笑しながら駅員について行った。チケット売り場のお嬢さんも親切だった。「9時43分の臨時特急が空いています。芝桜の羊山公園なら、終点“秩父駅”より1つ手前の“横瀬(よこぜ)駅の方が便利です。お気をつけて」出発まであと10分。
所沢(ところざわ)、入間(いるま)、飯能(はんのう)方面は、若い頃、取材で行ったことがあるが、その時は車だったので、車窓を流れる街並みは、ほとんど初めて見る景色。普段、1人で乗り物に乗ると、たいてい眠ってしまうのだが(初めての)景色に見とれて、あっという間に(約45分?)飯能に着いた。車内アナウンスが流れる「この車輌は折り返し形のスイッチバック方式ですので、これから秩父方面への走行は、お客様の背もたれの方向に走ります。座席を回転するには、座席の下のべダルを踏んでお回しください」翁は、一瞬、何のことか分からなかったが、周辺の乗客たちが立ち上がって一斉に座席を回し出した。やり方を知らない翁、モタモタしていたら、翁の直ぐ後ろに座っていた(初老の)ご夫婦が手伝ってくれた(と言うより、さっさと回してくれた)。「ありがとうございます」ちょっと恥ずかしかったが、丁重にお礼を言うと、ご主人が翁に話しかけてきた「芝桜見物ですか?」、「はい、初めてです」「私たち夫婦は、もう5,6回目です。よろしかったらご一緒しませんか?」奥さんも(どうぞご遠慮なく、という意味だろうか)優しげに翁に微笑みかけてくれた。「あ、それは、ありがとうございます。是非・・・」ということで翁は思いがけず“親切なご夫婦のガイド付き芝桜見物”と相成った。座席は翁とご夫婦(Yさんと言う)が向かい合う形になった。Yさんの説明が始まる――「西武鉄道は、池袋駅から西武秩父駅まで約77km、池袋駅から飯能駅まで、正式には、この先の吾野(あがの)駅までが西武池袋線、吾野駅から西武秩父駅までが西武秩父線と言います」――東吾野・吾野・西吾野を通過する頃、沿線の右左に小さな渓流が随所に見られる――「この渓流は高麗川(こまがわ)が源流です。紀元前、今の中国東北部から朝鮮半島の大部分を支配していた高句麗(こうくり)が7世紀後半に唐・新羅(しらぎ)に滅ぼされたあと、貴人たちは日本の武蔵国(今の埼玉県)に亡命、現在の日高市一帯を高句麗人の居住地として“高麗郡(こまぐん)”をつくりました。その街の中を流れる清流を“高麗川”と名付けたそうです」翁、Yさんの博識に驚く。8年前まで都内の某高校校長だったとか、道理で・・・
飯能から40分くらいで横瀬駅に着いた。そこから“芝桜の丘”まで1.5km、翁はただYさんご夫婦にくっついて行けばよい。途中、左手に(まるで山崩れを起こしたような)山肌をむき出しにした雄山が姿を現す。「標高約1,300m、武甲山(ぶこうざん)と言って秩父神社の神奈備(かむなび=神霊が宿る聖山)ですが、この山は日本屈指の良質な石灰岩に覆われていますので、古くから漆喰(しっくい=瓦や石材の接着剤)などの原料として採掘されてきました。あの山肌は、採掘の跡です」――Yさんの博識によって翁は“芝桜見物”に更なる意義を感じる。
こじんまりした“芝桜園”は、これまでに(あちこちで)観たことはあるが、これほど大規模な眺めは初めてだ。まさに『広大な芝桜の絨毯』である。博識、と言えば、奥さんもなかなかの“芝桜通”――「芝桜は北アメリカ原産の多年草で、花の形が桜に似ていて、芝のように地面を這って広がるので“芝桜”と呼
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ばれるようになったそうです」――入園料300円を払った時“羊山公園マップ“を貰った。そこに紹介されている”芝桜の丘“の説明書を読むと「約17,600平方メートルの面積に9種類、約4万株の芝桜が植えられている(2000年から)。なお、”羊山“の名は、戦前に県の綿羊種畜場が設けられていたことによる」とある。今でも”芝桜の丘”の上の方に“ふれあい牧場”があり、(当日)2頭の羊を見かけた。
「おにぎりをご一緒に」と勧められたが、丁重に遠慮して(楽しい出会いを感謝して)失礼した。別れ際“芝桜の絨毯”をバックにお2人の記念写真を。メールアドレスを教えて貰ったので、本日、この『余話』とお写真をお送りする。【温かき 人の情けや 芝桜】の1句を添えて・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |