穏やかな時間
“今回のクライアントさんは貴方にとても合っている人達だと思うわ”そうオフィスのスタッフの人に言われて訪れたLさんの家の庭は素晴らしかった。今までいろんな自家菜園をやっている庭を見てきたがバ ナナやマンゴやパイナップルやキューイまで育てている所はお目にかからなかった。聞くと自宅のフルーツだけでも50種類以上はあると言う。野菜もケールからリーフレタスからブロッコリー、キャベツ、玉ねぎ、長ネギなど料理に使いたい野菜をリクエスとすれば殆どのものが出てくるのだ。庭を案内された時、カラフルな不思議な木を見つけた。その木はオレンジとレモンとライムが同じ1本の木に成っていて、まるで絵本の中から飛び出してきたような楽しい木だった。これは挿し木をしたのだと言っていたが初めて見る木に目が釘付になってしまった。温室の中にはこれから芽を出そうとしている鉢の中の植物もたくさん並んでいた。趣味でも、ここまで徹底してやっている人はそういないと思う。” I
am crazy
“ (私はバカなんだよ)珍しい種を見るとすぐに買ってしまうんだ ”そう、この家のご主人は言っていた。彼も奥さんもハワイ生まれ、ご主人が21歳の時に19歳のHさんと結婚し仕事を求めて2人で1960年にアメリカ本土カリフォルニアに渡った。
仕事を始めて数年後に自立し会社を作り45歳で引退し息子さんがそのビジネスを継いでいる。ご主人の方は早朝、ジムに行き汗を流し午前中は庭仕事、時々池の鯉にも餌をやる。お昼は友人たちとランチをしたりショッピングをしたり引退してもいつも何かをして体を動かしている。奥さんのHさんは数年前から病気が悪化して殆ど外出しなくなった。歩く時は歩行機でゆっくり歩く。外との接触が無いため、いつもTVを見て暮らしていたらしい。週末は娘さんがやってきて家族と一緒に過ごすのだそうだ。
そして週3回私はこのHさんと一緒に過ごす時間が私にとって穏やかで静かな癒しの時間になった。初めてこの家を尋ねた時に窓際につるしてあるハミングバードフィーダーが目に付いた。そろそろハミングバードが来る頃だからと言うと早速、ご主人は赤い色のジュースを入れてくれた。その途端、どこから嗅ぎつけたのかハミングバードがどんどん来るようになった。食卓テーブルの窓からいつも、このハミングバードがジュースを飲みに来るのをHさんと眺めるのがとても楽しかった。朝は大抵キッチンに旦那さんが朝摘みしたフレッシュな野菜と果物を用意してくれている。それらを使って今日は何を作ろうか考える。その日の気温や体調を考えながら料理するのも楽しかった。
キッチンの窓から見える庭の景色も気持ちが和む景色だった。太陽の光をサンサンと浴びた野菜たちや果物はいつも元気で見ていて気持ちが良かった。そしてその向こうに連なって見えると遠くの山々は小雨や寒いの翌日は雪がかぶったのが見えた。
2人でゆっくり食事をしながらHさんは徐々にいろんな話をしてくれるようになった。私は何の宗教にも属していないが信心深いHさんが食事をする前に神様にお祈りを捧げるのも好きだった。“ 準備はいい?”と聞くと目を閉じてお祈りを捧げる。食事の前のお祈りは幼稚園の頃やった記憶がある。その時の言葉を今も覚えている。“お父さん、お母さん、お百姓さん、美味しいお弁当ありがとう ” そう言って食べたのだ。そこにはお百姓さんに対する感謝の気持ちも忘れなかったのだな〜と今更ながらそういう習慣がとても大事な事だったのに気が付いた。 食事をとりながらHさんがハミングバードを見つめる眼差しはとても優しい眼差しだった。“ほら、あんなに小さいのがいるわ。まだ生まれたばかりかしら” “ あら、あの大きいのは他のを蹴散らして喧嘩をしているわ。”と…いつも熱心に見ていた。
もうすぐお誕生日を迎えるHさんの為に何かデザートを用意しようと思っていたらご主人が何冊かクッキングマガジンをくれた。その中から何か作ろうと考えていた矢先、突然彼女は旅立って行ってしまった。本当に急な事で私も驚いた。お悔やみの言葉を送って一週間後、躊躇しながら花だけでも届けようか考えていた時にご主人からいつでも電話をくださいと連絡が入った。折り返し電話をしたのが、家族が埋葬に向かう45分前、花だけでもと車を飛ばしてHさんの家にたどり着いたのは、その約15分前初めて会う娘さんから“お母さんは貴方の事がとても好きだったのよ”とお礼を言われた。私も彼女と過ごした穏やかな時間はけして忘れない。本当に、こちらこそありがとう、と初めて会う彼女とハグをして別れた。
そろそろ日本は桜の咲くシーズン、春到来だ。そして私も渡り鳥のようにまた日本に飛んでいく、、、、
茶子 スパイス研究家 |