龍翁余話(364)「南房総の思い出」
先日『南房総の海鮮浜焼き・イチゴ食べ放題日帰りバスツアー』に行った。“南房総”とは、いったい、どこからどこまでなのか知らないが、翁の感覚では御宿町(夷隅郡)から勝浦市、鴨川市、館山市、南房総市、富津市、君津市あたりまでを言うのではないか、と思ってバスツアーのガイドさんに訊ねたら「はっきりした線引きは出来ませんので、観光面では個人の主観で判断されてもいいのではないでしょうか?」との返事。いろいろ調べたが、このガイドさんの見解が“正解”のようだ。
年に2,3回、翁を“旅”や“催し”に誘ってくれるグループ(『スケッチの会』)のことについては、これまでに数回『余話』で紹介したのでご記憶の読者も多いと思う。今回もまた、上記バスツアーに誘っていただき“ポピーを愛で、海鮮浜焼きとイチゴの食べ放題”を満喫したのだが、それ以上に翁にとって今回の南房総は(胸がいっぱいになるほどの)今は亡き親友との“思い出の旅“となったのだ。
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2002年の春、翁は親友D君夫妻と南房総へドライブに出かけた。翁の後輩で元新聞記者、翁の良き相談相手だったD君、2000年の夏に肺がんの根治手術を行なうも1年後に再発、胸水貯留(胸腔内に異常に多量の液体が貯留した状態)が発生、全身抗がん剤治療も効果がなく、医師から「これ以上の治療は困難、引き続き緩和ケア治療に切り替える」との説明を受けた(ことを翁は後日知らされた)。2002年始めの某日、D夫人から突然「主人を南房総へドライブに連れて行っていただけませんか?私も同行させていただきますが」との丁重な申し出があった。当時、翁はまだ現役だったが勿論快諾、しかし「何で南房総なの?」「多分、主人の初恋の人との思い出の場所ではないでしょうか?」電話の向こうで答える奥さんの小声が、心なしか寂しげに聞こえた。
最初の行先は鴨川市太海(ふとみ)と言う漁村から50m先に浮かぶ『仁右衛門島(にえもんじま)』(写真左)。漁港から渡し船で島へ渡るのだが、この漁村には駐車場がないと聞いていたので(昼食をとった)100mほど手前のホテル・レストランの駐車場に車を置き、歩いて村へ。なるほど狭い路地が入り組み、石段や急坂を挟んで小さな家屋がひしめき合い、まるで時代から取り残されたような景観が広がる。突然、D君が(奥さんに持たせていた)“とらや”の紙袋を受け取って、と、ある民家へ。「初恋の人との思い出の場所、ではなく、実は主人が若い頃、当地の取材で大変お世話になり、長年交流のあった今は亡き漁師さんの仏前にお礼のご焼香をしたい、とのことでした」表で待っている間のD夫人の話。電話の時の声と違って晴れ晴れとした口調に、何故か翁もホッとした。“挨拶”を済ませて表に出てきたD君も晴れやかな表情をしていた――周囲約4km、源頼朝や日蓮の伝説で知られる『仁右衛門島』(個人所有)については、いずれかの機会に――次なるリクエストは館山市の『萬徳寺』。ここも翁は初めてだった。体調16m、高さ3.75m、重さ30tの釈迦涅槃仏は(ガンダーラ様式としては)世界最大級だとか(写真右)。釈迦涅槃仏に合掌するD君夫妻の後ろ姿を見て翁は胸を詰まらせたものだった。それから半年後、D君は逝く(享年62)。なおD夫人とは長年お会いしていないが、ご長男家族と一緒に暮らしていると聞く。
(註:今回のバスツアーには、『仁右衛門島』も『萬徳寺』も含まれていない。)
(胸がいっぱいになるほどの)D君との思い出に浸りながらも、ポピー摘み(南房総市)、海鮮浜焼き(館山市)、イチゴ狩り(君津市)は翁にとってはいずれも初めての経験であり、楽しかった。ポピー花園の景色を見回して、何故か、懐かしさを感じた。再びガイドさんに訊く「この辺りに『シェイクスピア・カントリー・パーク』があったはずだが」「あっ、よくご存知ですね。この場所がそうです。1997年にオープン、数年間は観光客も多かったのですが2006年あたりから客足が遠のき、2011年に閉園しました」「わざわざイギリスから建材を運んで来て建てた“シェイクスピアの家”は?」「今は、事務所として使われています」――翁が、何故、ここを懐かしく思ったのか、それは2001年の夏、ここのパーク内にあった“シェイクスピア劇場”で狂言師・和泉元彌の公演があり、その取材(撮影)で来たことがあるから・・・ああ、これも『南房総の思い出』の1つか――
今回のバスツアーは、ポピーも浜焼きもイチゴも満足したが、それ以上に『スケッチの会』(主宰者のA・Mさんをはじめ今回の参加者7人)の皆さんに感謝したいのは、しばらく忘れていた(今は亡き親友)D君との思い出を甦らせてくれたことだった。この『余話』を通して心からお礼を申し上げたい。南房総市の花園でお土産に貰ったポピーの蕾(白・赤・黄色、計5本)は、2日後には満開になって我が家のリビングにひと足早い春をもたらしてくれた。母・兄・叔母の遺影の前に満開のポピーを飾り、焼香して(併せて)D君のご冥福を祈った・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |