紅葉ハイキング
久しぶりにEastern
SierraにあるBishopで紅葉ハイキングを楽しんできた。私達が泊ったのはBishopの山の上9,290Footの高さにある静かなロッジ。このくらいの高地になると上がり坂を少し歩いただけでも息が切れるから空気が薄いのがわかる。
LAからは車でストレートに走って約5時間半、このHWY395沿いにあるBishop付近は隠れた温泉スポットやハイキングコースがたくさんあって知る人ぞ知る場所で賑やかなマンモスやヨセミテと違った楽しみ方が出来る。今回はLong
Lake そしてBishop Passまでの往復11マイルのハイキングを予定してい
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紅葉ハイキング(ビジターセンター) |
紅葉ハイキング |
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鹿 |
おにぎり |
おにぎり |
たが標高が高い上、天気が崩れるかもしれないとの事で当初の予定のコースを変更して地元の人のお勧めで湖がある4マイルコースのハイキングに出かけることになった。案の定、気温がぐんぐん下がり始め気が付くとチラホラ粉雪が舞い散る中でのハイキングになった。それでもアスペンの紅葉は素晴らしく時々日が射して風が吹くと木の葉が黄金色にキラキラ揺れてとても綺麗だった。山にかかる霧は晴れたり曇ったりその幻想的な姿を見せていた。ちょうどお昼頃に目的の湖に到着するとそこは誰もいなく私達だけの貸し切りランチスポットになっていた。湖に映る紅葉の木々を眺めながらおすそ分けに頂いた鮭のおにぎりは最高に美味しかった。その夜、ロッジで水炊きをしながら夜遅くまで皆楽しそうにおしゃべりをしていたが私は10時まで何とか持ちこたえたが眠気に耐えられなくて先に寝てしまった。翌朝、ドアを開けると深夜に降り始めた雪が積もって一面白銀の世界に変わっていた。まるで秋を飛び越えていきなり冬がやってきたようだった。一昨日の朝に見かけた鹿のファミリーがまた来るか
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ロッジ 夜明け |
マンザナ収容所慰霊碑 |
もしれないと期待を寄せてあたりを散策したが残念ながら彼らの姿を見ることは出来なかった。ふとロッジの向かい側の山に視線を移すと滝が流れていて、そのすぐ脇に家があるのを見つけた。その家の話をロッジのオーナーにしてみると持ち主はサンディエゴに住んでいて春から秋の間、時々来ては泊っていくのだと言った。カリフォルニアで湖ごと家を持っている人の話を聞いた事があったが滝が流れている敷地に家があるというのもアメリカらしい。帰りは行にも立ち寄ったBishopでは有名なベーカリーストアーに寄って友人お勧めのハーフサイズのベジタブルサンドイッチを頼んでみた。アボガドやスモークチーズやアルファルファ等、具がぎっしり、ずっしり詰まっていて大口を開けないと食べられない大きさだ。日本人の女性ならハーフサイズで充分だ。それにピクルス(きゅうりの酢漬け)とチョコレートチッ
プの入ったクッキーがもれなく付いてくる。大抵のアメリカ人はこのサンドイッチをフルオーダーする。なるほど、横も縦も大きくなるわけだな〜と周りの大きなアメリカ人を見て改めて思ったりした。
帰りはHWY395沿いにある日系人収容所マンザナミュージアムに私の希望で立ち寄ってもらった。2004年このミュージアムがリモデルされて立派になった。その後偶然通りかかり立ち寄ってから今回で4回目の訪問になる。第2次大戦中米国に住む日本人が3年間、収容された場所だ。今米国で生きていらっしゃる殆どの日系2世の方々はこのマンザナ収容所も含めいくつかの収容所生活の経験者だ。そういう方々と接する機会や映画を見てこのマンザナミュージアムと慰霊碑に特別な思いを抱くようになった。マンモスやヨセミテを観光で訪れる日本人の数も多いと思うけれど、どれだけの人がここを訪れるだろう。ただ通り過ぎるだけの人も多いかもしれないけれど、ここを通りかかったら是非立ち寄ってもらいたい場所だ。今回は館内を見て、その後、地図を見ながらゆっり広い跡地を車で回った。最後に慰霊碑の前に到着する頃は太陽の日が山脈の影に隠れる頃で夕日が眩しかった。私達以外は誰もいなく神聖な空気の中で皆そっと手を合わせた。気持ちは皆同じ思いだったと思う。グループの中で一番若い男性が車の後方から新しいお酒を一升瓶抱えて左手には小型CDプレイヤーを持って出てきた。CDの音楽は彼がたまたま好きで聞いていた曲でこのマンザナ収容所にいたカメラマンToyoMiyatak氏のドキュメンタリーフィルムのバックに流れていた音楽だった。その音楽をかけながらお酒を慰霊碑と周りのお墓にも丁寧にかけて回ってくれた。
何だかその絶妙なタイミングと心使いがとても嬉しかった。今週末はもう日本。父と祖母の眠るお墓詣りも、そろそろ出かけるシーズンだ。日本の山も紅葉が始まっている頃だろうか…
茶子 スパイス研究家 |