ジャパニーズアメリカン
ジャパニーズアメリカン、日本にいる人はこの言葉を聞いたことがあるだろうか?日本人ではあるけれどこちら(米国)で生まれ育った人をジャパニーズアメリカンという。そしてそのジャパニーズアメリカンの1世(パイオニア)の人は初めて日本から米国に来て移り住んだ日本人で戦前からこちらに来ていた人も多い。その頃に日本から船でアメリカに来てこの地で頑張った人は凄まじい大和魂を持っていたと思う。戦前にアメリカに来て日本が第2次世界大戦に突入し、このアメリカに住んでいた1世の人は殆どがキャンプ(収容所)に入れられている。その両親から生まれたアメリカ生まれの日本人は2世と呼ばれる。その2世の殆どが、当時、その両親と共にキャンプ生活を経験している。そして、そこで生まれた2世の子供もいる。
その1番苦労した1世の人はもう、殆どいない。そして、その初代の1世に育てられた2世の人が今は80歳から90歳、100歳を迎えている。そしてその2世を両親に持つ人が3世になる。この3世になると殆どがアメリカの教育を受けてアメリカの文化の中でアメリカの食事をして育ってきた世代なので日本人の両親であってもよほど自分から興味を持って日本の文化や言語を勉強しなければ英語しかしゃべれない人が多いしあまり日本の事を知らない。最近、その2世のKさん宅で日本食作りとリハビリを兼ねたお散歩のお手伝いをする事になった。最初にその方の家に行くと元総理大臣の小泉首相の表彰状が目に入った。103歳で亡くなられたご主人が100歳の時に長寿を祝って頂いたものだという。昔から日本食を食べてきた1世の両親に育てられ、やはり日本食が懐かしく美味しくてたまらないのだ。2世の人は何を作っても有難がって美味しい美味しいと感謝してくれるからこちらも嬉しくなる。その笑顔を見ているだけで私が逆に幸せな気持ちにさせてもらえる。
2世の家にお伺いすると日本の昔の暮らしがそこにあり何か懐かしい気持ちになる。火鉢や餅つきの道具やら洗濯板やら珍しいものがたくさん発見出来る。キッチン用具も砥石や鰹節の削るもの、笊や籠にいたるまで祖母のキッチンにもあったようなものがゾロゾロ出てくる。
庭には柿の木や梅や桜があり盆栽がある。“おばあちゃん、ずいぶん大きな柿の木があるのね”と言うと “毎年、柿が実る頃は近所に配ってずいぶん喜ばれたのよ。うちのは、とても甘くて美味いって評判だったけれど昨年は転倒をしてしまい足が不自由になってしまったから今年は、ほったらかしで、あんなになってしまっているの”と。
近くに行って見ると熟しきってしぼみかけた柿をついばみにたくさんの鳥が来ていた。
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裏庭 |
池 |
ご主人自ら作られた池にはたくさんの鯉が泳いでいたそうだがご主人が亡くなってから誰も鯉の面倒を見る人がいなくなってしまったので全部知り合いに鯉をあげてしまったそうだ。乾いた池を見ながら、ふとKさんがここで5人の子供たちを育てた日々が浮かんできた。2ブロック歩けば行ける場所にKさんの長男が住んでいて一人暮らしの母を気使って毎日、朝に晩に立ち寄ってくれると言う。お嫁さんも週
末は食事を作って届けてくれるらしい。“息子も娘も孫も婆ちゃん婆ちゃんといつも来てくれ大事にしてくれるので私は幸せ者だ ”と穏やかな、いい笑顔で話してくれる。特にこの長男が普段は英語なのだが母親を呼ぶ時に“かあさん”と呼ぶ言葉が私を和ませてくれる。今日もその長男が母親の所によって洗濯を手伝っていた。その洗濯物を干す場所までちゃんとこの庭にはあるのだ。乾燥機があっても日に干す気持ちよさをKさんは知っているのだ。帰り際にKさんが冷凍庫から去年作ったという干した柿を“好きかどうかわからないけれど良かったら食べて”と差し出してくれた。添加物も何も入っていない柿そのものの自然の甘さは素朴で味わいのある干し柿だった。いつも日系2世の人と接すると暖かい気持ちになるのは昔の良き日本人の心をそのまま時を超えて受け継いでいるからなのだろうか…
茶子 スパイス研究家 |