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NO.924            Ryo Onishi              1/26/2013

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雑貨屋のひとり言

昨年末のことです。大阪駅から環状線に乗ろうと待っていたら、大きなスーツケースを引いたビジネスマンらしき外国人が、訛りのある英語で私の隣にいる人に話しかけてきました。その訛りのある英語は私がトロントに住んでいた時に良く耳にしていたのですぐに理解できました。
隣の人が対応できない様子だったので、その外国人は私に聞いてきました。久々に英語を使いました。それにしても最近、英語を使うことがなくなったなと思います。≪R.O≫

 

『ユーモアを楽しもう』(1)

アメリカ人にとって「ユーモアのセンス」 はその人の人柄と品格の高さをあらわす重要な要因の一つといわれ、会話やスピーチの中でいかにセンスに富んだジョークを披露するか、お互い競い合っている光景をよく見かけます。

アメリカといえば、私など「個人主義」、「合理主義」などといった言葉がすぐ浮かんできます。通常の場合、脇道であり、対人関係の潤滑油に過ぎない「ユーモアセンスやジョーク」は一見、「個人主義」や「合理主義」とは 相反するもの、といった感じがしますが、実は多数の中で個人の存在を認めさせ、他と差をつけるという意味では、まさに「個人主義」の象徴ともいえるかもしれません。

レーガン元大統領はたいへんユーモアセンスのあった人だったそうで、暴漢に撃たれ病院で弾丸の摘出手術を受けた時でさえ、手術担当の医師に「君は共和党支持者だろうね」とジョークを飛ばしたと、いわれています。

以前、日本のあるコメディアンが「笑いは文化です。おおいにこの文化を楽しみましょう」とテレビで語っていたのを覚えていますが、私も全く同感で、我々はもっとユーモア・ジョーク・笑い(駄じゃれも含めて)などの地位を向上させるべきだと主張している一人です。尤も、ユーモアやジョークほどT P O(使うタイミング、場所など)の難しいものはなく、むやみに振りまけばよいというものでもなく、だからこそ「笑いは文化(または、少なくとも文化のバロメーター)」 だといえるのだと思います。

4年前に亡くなった小説家で劇作家の井上ひさし氏の随筆によると、人間に関する学問で最も遅れているのは、大脳生理学であり、その中でも特に遅れているのが 「笑いのメカニズム」の解明なのだそうで、これは興味ある話です。(日本の名随筆 #22 「笑」 )

なぜ大脳生理学者たちにも 「笑いのメカニズム」を正確に捉えることが出来ないのかといえば、それは人間しか笑わないので、動物実験が一切出来ないからだそうです。動物実験が出来ないとなると、笑う人間を観察するぐらいしか方法がなくなるが、各人が何を何故笑うかは、各人の教養や知性や趣味によって千差万別で、主観的にならざるをえない。―― 科学は主観に対して、手も足も出ない代物であるから、全くのお手上げ、無策となる、ということなのだそうです。(同上を参考)

我々の「笑い」とは、そんなに不可解で未解明な代物だとは驚きです。普段、何ということなく可笑しければ 笑っていますが、「笑いごとじゃない」 と考え込んでしまいそうな気分になってしまいます。

しかし不可解であろうが未解明であろうが、少なくとも「笑い」とは我々人間のみが神から授かった特権であり、そしてそれは大変な特権です。折角授かった、ありがたいそんな特権を無駄にするなんて罰(バチ)当たりもいいところ、神への冒涜(ボウトク)です。だから―― 何が 「だから」なのかよくわかんないけど、まあ、あまり堅いことはいわないで、もっとその特権を享受し、「笑い」を楽しみたいものです。

でも、面白くもないのに、ただ笑えといわれたって困るけど、かといって世の中、ただ待っていても、向こうから面白おかしいことなんか、まずやって来たためしはありません。だからこちらから積極的に「出向いて行く」のです。「ユーモアのセンスを持つ」とは、自分から積極的に「人間だけに授かった、この特権にアプローチしようとする心」 だと、私は勝手に解釈しています。

ユーモア精神を持とう、という主旨なのに、まるでユーモアのない堅苦しい文章になり、笑う気にもならない(別の意味で「笑ッチャウ」 内容だね)ものになってしまいました。せめての名誉挽回のため、上品なジョークをいくつかと思いましたが、私も今日からセンスを磨こうと思い立ったところですので、そう簡単には出てきません。しかし、これまで私が折りにふれ集つめたり、かびの生えた 脳味噌から絞り出し、書き留めた「ジョーク・ボックス」を整理しながらまとめた、実例による「ジョークの法則」などを次回以降、ご披露いたします。 乞う、御奇態――ア!ちがった、――乞う、ご期待。

河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )


国債を踏み台にして景気策

消費税五パーのうちと墓までも

基準値がご都合主義の放射能

文明を自嘲の空気清浄機

空気とはこんな味だと草千里


( ニュースやぶにらみ )


「好循環実現へ」

風が吹けば桶屋も儲かる −安倍首相

「V字滑走路」

X −名護市長選挙

「干支」

今年もトリ(鵬)年のようだ −相撲ファン


河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

龍翁余話(313)「亀戸天神の“うそ替え”」

以前、翁は九州帰省の折り、何回か太宰府天満宮(福岡県太宰府市)に参詣した。天満宮と言えば“学問の神様”菅原道真公を祭神とするお社だ。翁は特別な信仰心からではなく、参道から御本殿に至るまで(境内)の雰囲気が好きで、とりわけ『心字池』(しんじいけ=『心』の文字の草書体を模って造った日本庭園の代表的な池)、そこを渡る朱色の『太鼓橋』、壮麗な『楼門』、拝殿の右手前にある「東風ふかば、にほひおこせよ、梅の花、あるじなしとて、春な忘れそ」(道真公の遺句」で有名な『飛梅』、そして道真公にまつわる約5万点の文化財を収蔵・展示している『宝物殿』などで平安文化に浸り、『菅公歴史館』では(博多人形のジオラマで描かれている)道真公の生涯(栄華と悲運の最期)に涙したものだ。

“悲運”とは――第60代天皇・醍醐天皇の御代(897年〜930年)、右大臣・菅原道真は、左大臣・藤原時平に讒訴(ざんそ=事実無根の偽り事を作り上げられ、吹聴)され、時平の陰謀を見抜けなかった朝廷によって太宰府へ左遷させられる。奸賊・時平はそれだけでは飽き足らず、都に残されていた道真一族の一掃に執念を燃やす。人形浄瑠璃や歌舞伎でお馴染みの『菅原伝授手習鑑』(5段続き)4段目の『寺子屋』が泣かされる芝居だ。時平は部下に「道真の子を探して殺せ」と命じる。町はずれで寺子屋を営んでいた(もと道真の忠臣)武部源蔵は道真の子・秀才(しゅうさい)を寺子屋に匿っていたが、それがバレて時平の手の者が「秀才の首を差し出せ」と源蔵に迫る。子を持たぬ源蔵夫婦は、切羽詰って(たまたまその日に入門して来た)秀才によく似た子の首を(「許せ」と泣きながら)刎ねる。首実検にやって来た時平の家来たち一行の中でリーダー格の松王丸以外は秀才の顔を知らない。その松王丸は首桶の中を覗き込んで「秀才に間違いなし」と断言して引き揚げる。実は、殺された子は、何と、首実検した松王丸の実子であったのだ。松王丸は元々道真を敬愛しており3人の兄弟の中で2人は道真に仕え、自分だけが時平の臣下であることの(道真への)お詫びに、道真の子(秀才)を救い、我が子を差し出したのである・・・以上は浄瑠璃や歌舞伎の物語で、寺子屋は平安時代には存在していないので、この物語は江戸時代に創作されたされたものだろう。が、道真公が(時平の陰謀に遭って)太宰府に左遷させられたこと、道真公は死ぬまで自分の無実を訴え続けたこと、道真公の死後、やっと朝廷が“無実”を認めたこと、などは史実である。余談だが「すまじきものは宮仕え」(人に使われる立場は、出来ればしないに越したことはない)の言葉は、道真の子・秀才を救うために、他の弟子子(でしこ)を身代りに殺さなければならなかった武部源蔵夫婦が悲痛な思いで吐いた台詞とされている。

さて、いつの頃からか太宰府天満宮をはじめ道真公を祭神とする神社(東京・亀戸天神社、
大阪天満宮、大阪・道明寺天満宮など)では、1月に『うそ替え』という神事を行なっている。『うそ替え』とは、鷽(ウソ)という鳥の名が嘘(うそ)に通じることから、前年に起きた災厄・凶事などを“嘘”とし、本年は“吉”となることを祈念して、旧年の鷽の木彫りと新年の鷽の木彫りを取り替えるという神事。野鳥図鑑(日本野鳥の会)によると、鷽はスズメ科の1種、ヒーホーと口笛のような音を出して鳴くので口笛の別称“オソ”が転じて“ウソ”という和名がついたと言い伝えられている。呼び名だけで(旧年の木彫りの鷽が)嘘だの災厄だのと言われるのは、鷽にとってはまことに迷惑な話だろう。鷽と天満宮の因縁は、と言えば『鷽』が『學』に似ているところから学問の神様との繋がりが出来たそうだ。(写真左端は、1月24日・25日に行なわれた『うそ替え』のポスター、中央は、亀戸天神社の社殿と東京スカイツリー、右端は、5歳の時の道真公像)

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亀戸天神社は(社の由緒によると)菅原道真公没年(903年)から743年後の1646年に、道真公の末裔で太宰府天満宮の神官だった菅原信祐(すがわらののぶすけ)が、道真公ゆかりの飛梅の枝に神像を刻み(天満宮)社殿建立の地を求めて諸国行脚に出かけ、1661年に江戸に辿り着いて本所亀戸村に古くからあった小祠に(飛梅の神像を)奉祀したのが亀戸天神社の始まり。第4代将軍徳川家綱の庇護のもと、翌年(1662年)、社殿・楼門、回廊・心字池・太鼓橋など太宰府天満宮に倣って造営した。現在でもその名残を留めている。

翁、亀戸天神社には10年前に“藤見”に行ったことがある。今回(『うそ替え』の前日)2度目の参詣だ。1月、2月の土・日の境内は道真公の加護を求めて絵馬を奉納する受験生で溢れるそうだ。お守り類も沢山売れていると言う。学業成就のお守りのほか、鷽鈴、鷽笛、鷽ストラップ、それに木彫りの鷽とお守りのセットなど。「鷽は幸運を招く鳥です。今年1年の開運と受験合格を祈願して、私たちの手で1体1体心を込めて彫りました」とは、お守り授与所にいた神職の話。

話は変わるが、先日、東京都知事選の候補者が出そろった。が、はっきり言って日本国の首都“国際都市東京”の顔になれる候補者が見当たらない。それどころか、厚顔無恥、何でこんな奴が、と顔をしかめたくなるような候補者もいる。投票日まで、人物研究は勿論、出来るだけ政治理念や政策に耳を傾けようとは思うが・・・それにしても石原が都政を投げ出し、猪瀬が金で躓いた後の知事選だ、石原・猪瀬を災厄の“ウソ“とは言わないが、今度こそ都民に吉兆・幸運をもたらす“うそ替え選挙“であってもらいたい・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

 

茶子のスパイス研究

2014年 春 ファーマーズマーケット

LAに戻ってきた途端、大きな摘みたての苺をたくさん農家の方に頂いた。その甘い香りにもう、こちらは1足も2足も先に春が来ているのだな〜と感じた。その頂いた苺で苺ジャムと苺とポメグラント(ザクロ)のシロップを作ってみた。
ファーマーズマーケット   芽キャベツ

今頃はどんな野菜がファーマーズマーケットに出回っているのだろうと早速、週末のファーマーズマーケットに出かけてみることにした。既に家には畑から届いた新鮮なお野菜や果物で一杯だったので特別何も必要なものは無かったのだけれど、春の香りに触れてみたかったのと何か珍しいものがあればと思ってブラブラ歩いた。歩きながら芽キャベツと赤ピーマンとポテベロ(マシュルームの大きなもの)が冷蔵庫の中にあったのを思い出した。今日はグリルした
サトウキビ サトウキビ タンジン

お野菜でも食べようかなと、それに付け足すお野菜を少しだけ買うことにした。歩いているとズッキーニ(キュウリの形に似ているもの)がばら売りであったので小さめの緑と黄色のものを3本買った。これは50セント、そしてサラダに添える紫玉ネギ、30セント、柿も安かったのでひと山1ドル、ブロッコリーが50セント、人参1本30セント、アルグラ一の葉束が2ドル合計4ドル60セントで野菜を購入した。こんな風にチビチビ一回分の食材を買えるのがファーマーズマーケットのいいところだ。
おまけにたくさんのフルーツのサンプルが店先の前に切って並べられている。あっちのお店、こっちのお店と食べ比
イチゴ イチゴとザクロ
イチゴサラダ イチゴジャム パプリカ、ポテベロ

べているうちに果物だけでお腹がいっぱいになってくる。そして其々の店のフルーツの味が産地によって同じ果物でも野菜でも少しずつ微妙に違うのが面白い。いろいろな店で買って試しているうちにどこの店の味が美味しいかだんだんわかってくる。ファーマーズマーケットに出かけた日のランチはいつも食材が新鮮で豊かなランチになる。野菜そのものの味を楽しむためになるべく味付けは良質のオリーブオイルや塩とブレンドしたスパイスやレモンを使っただけのシンプルなものにすると、よりその素材のおいしさが引き立って美味しい。
久しぶりに訪れたファーマーズマーケットは前よりブースが増えて食べるお店も人も増え活気があった。人々の意識が変わってきたのだろうか最近は自然食品のお店、オーガニック専門のお店も普通のマーケットより繁盛しているようだ。以前は食品のラベルの後ろ側に書いてある内容など気にもしなかった消費者がじっくり見ている姿を目にするようになった。消費者の意識が変わればそれだけ生産者や製造業者も店も変わざるを得ないのは自然の成り行きなのだろう。

茶子 スパイス研究家

 

 

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

今週もあっという間に週末になりました。先週はバス・トイレのリフォームがあり、ウォークマンでジャズを聴くことがほとんどなく、アルバム選びに困りました。悩んだ時は、たくさんアルバムのあるアーティストの中から選んでみようと思いました。
調べてみるとBill Evansが30アルバムもありダントツでした。次いでEddie Higginsの25アルバム、John Coltraneの16アルバム、Herbie Hancock、Keith Jarett、寺井尚子の15アルバムと続きます。いずれも日本で人気が高いアーティストだと言えると思います。
ということで、今回は私の大好きなEddie Higgins Trioのアルバムにしました。Eddie Higginsのピアノはも歯切れがよく、気分が良くなります。とても聴きやすいと思います。

"Ballad & Standard Higgins" Eddie Higgins Trio

01-You And The Night And The Music
02-How My Heart Sings
03-Dear Old Stockholm
04-Summertime
05-My Romance
06-If Dreams Come True
07-Felicidade
08-What Is This Thing Called Love_
09-Too Marvelous For Words
10-Alice In Wonderland
11-Golden Earrings
12-Speak Low

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm
《R.O.》

編集後記

日曜日の朝、大阪駅から乗った大和路線の電車の中、天王寺に近づくとちょっと離れたシートに座ったおっちゃんが、プシューっと音をさせたのでそちらを見たら、缶ビールでした。へー朝から飲むんだーと思っていたら、久宝寺駅で乗り換えた電車でもまたプシューっと音が聞こえたので見たら、またそのおっちゃんでした。あんな短い時間に二本も飲むなんて、ほんと好きですねー。
《R.O.》

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http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.924

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
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