フルムーンハイキング
9月の最後の週末、去年に引き続き2度目のフルムーンハイキングを企画した。去年は雲に隠れたり現れたりしながら、なかなか月が姿を現さなかったが今年は見事なハーベスト(収穫)フルムーンを見せてくれた。
数日前から参加人数が段々増えて総勢30人以上のフルムーンハイキングになった。こんなにたくさんの人が満月を見ようと集まってくれたのだから今年こそは、ちゃんとお月様が顔を出してくれますように…と願った気持ちがお月様に通じたようで嬉しかった。
太平洋に沈む夕日が見えるこのパロスバーデスのオーシャントレイルは私のお気に入りの一つのトレイルだ。皆でテクテクトレイルを歩いていくとたちまちオレンジ色の夕日が青い空と海に広がって眩い光に包まれていった。トレイルの先にはドナルドトランプが作った風光明媚なゴルフ場がある。緑の鮮やかな芝山から青い海を眺めながらゴルフが出来る。滝あり池あり川ありと変化に富んだコースがあり日本のゴルフ好きな人にはたまらないコースだと思う。
地平線に日が沈み始めるとあっという間に日が暮れる。空の色もどんどん変化していく。ちょうど反対側を見ると気の早い月が左手の丘から昇り始めていた。ハーベストムーンはオレンジ色で大きく見えるのが特徴らしい。暗くなるに連れて月の輪郭や光が強くなっていった。その沈む夕日と昇る月の間のピクニックテーブルの上にはお月様へのお供え物として月餅やフルーツやお寿司など其々皆が持ち寄った食べ物が所狭しと並べられていった。中にはお茶のボトルやクーラーボトルにお酒やカクテルを忍ばせて持って来ている人もいてこっそり私たちはそれを回し飲みしたりして楽しんだ。
花より団子というけれどテーブルにご馳走が次々に並べ始められると、もうお月見より団子と言う感じでテーブルを囲んでその回りに人がワイワイ賑やかに集まった。手作りのお月見ダンゴや月餅やら海苔巻きやら、どれもこれも美味しそうだった。早く食べないと人数分無い物もある。あっちからもこっちからも上からも下の方からもお皿に手が伸びる。その時は、もう誰も月など見ていなかった。誰もが食べるのに夢中で、あの静かなオーシャントレイルがその時、あの一角だけはお祭りのようだった。
食べるのが一段落つくと今度は皆、其々にお月様の写真をカメラに納め始めた。中には、お月様をお箸に挟むようにして写真を撮ったり、口を開けてお月様をお饅頭のようにみたてて食べるかっこでポーズをとったり、結婚指輪に見立ててお月様を薬指の上に合わせて写真を撮ったりと私たちは散々、お月様と遊ばせてもらった。
お月見タイムも終わり帰る頃、あたりはとっぷり日が暮れて秋の虫の音が静かにこだましていた。海からの気持ちのいい風に吹かれながら私たちはまたテクテク帰り道のトレイルを歩いていった。後ろを振り向くとヘッドライトの明かりが、まるで蛍の光のように暗闇の中を連なって動いていた。
″行きはよいよい、帰りは怖い ″そんな唄のように、行きのトレイルはどんどん降りていくコースなのだが帰りは登り坂がずっとどこまでも続く。慣れていない人は息が切れて、特にアルコールが入った人は少し苦しかったかもしれない。その日は9月下旬にしては湿気があり海辺でもジャケットはいらないくらいで歩くと汗が出る陽気だった。
車を停めてある集合場所に戻ってから最後の見所がもう一つあった。ようやく登り坂を上がってきたと思ったらハイキングはまだ終わらない。それは公園の傍にある丘に登って見下ろすサンペドロの港の夜景。もう一回急な坂を登り丘の一番上まで行かないとならない。登り坂が続いたのでどのくらいの人がそこまで来るかと思ったら絶景が見られるという誘い文句に釣られて皆サクサク登り始めた。ぽっかり空に浮かんだ満月のお月様と下には地上の星。この夜景がまた素晴らしいのだ。
昔、戦前はあのターミナルアイランドに日本人が3000人近くも住んでいて一つの村として存在していたそうだ。男は漁業を営み女は缶詰工場で働きそこで人が生活を営んでいたそうだ。イタリア漁民でこのサンペドロに70数年前に家族で移住した人が話してくれた。夜になると日本人の男たちが地引網を引きながら唄を唄っていたのを今でもはっきり覚えていると。″こんな風に唄っていたよ ″とジェスチャーを交え訳のわからない日本語で真似て唄ってくれた。そんな事を想像しながら街の灯りを見つめた。
日々、忙しい毎日、たまにはゆっくり空を仰いで心を開放してみるのもいいのだろう。日頃自然と遠ざかっている人、夜のハイキングに初めて参加する人、いつもは違う場所でハイキングをしている人など、知っている人も知らない人も其々いて、こんなに皆が喜んでくれるのなら、また来年も継続してムーンライトハイクをやってみようと思ったりした。
今度はどこで、どんな企画でお月様と遊ぼうかな〜…
茶子 スパイス研究家 |