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NO.847             Ryo Onishi              8/5/2012  

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雑貨屋のひとり言

暑い日が続きます。長尾さんのおっしゃるように、あいさつで口から出てくるのは「暑いですねー」という言葉ばかりです。
でも確かに暑いです。朝から暑くて、今日一日どうしようと思うことがあります。幸い、家の前にショッピングセンターがあるので避暑に行くと、同じことを考えている人がベンチに座って居眠り、読書をされています。でもちょっと涼しすぎるのでこれはこれで身体に良くないのではないかと思ったりもします。
花火大会の季節がやってきました。昨夜は淀川の花火大会を家から観ましたが、見事でした。花火大会、お盆を過ぎると少しは涼しくなるでしょうか?≪R.O≫

 

お年寄りの投げキッス

私はほぼ月に一度、当地(ロサンゼルス)の日英バイリンガル日刊紙「羅府新報」のコラム欄(磁針)に寄稿しています。今回の「磁針」は私がだいぶ以前、この雑貨屋ウイークリー(Zakkaya Weekly No.156)に「羅府の庄助さん」のペンネームで、書いたものを一部修正して送りました。以下がその文章です。(羅府新報掲載、8月1日付)

ある日の日暮れどき、サウスベイ地区のわが家に近い裏道をドライブしていたときのことだ。とある信号機の無い交差点にさしかかった時、私が運転する車のすぐ前を横断しようとして立ち止まっている、かなりの年配の女性がひとり目に入った。

歩行者は優先であり、しかも横断歩道のある交差点だ。私は当然交差点の手前で一時停車し、このご婦人が前を横断するのを待った。目の前で自分のために止まってくれた車を確認したこのご婦人はというと、顔をあげ、こちらに向かってにっこりと笑顔を見せ、私に向かってなんと“投げキッス”をするではないか。

瞬間、どぎもを抜かれた思いだったが、この微笑ましい情景に運転席の私はすぐ緊張がほぐれ、素直に笑いが出た。あちらさんはどうみてもかなりお年をめしたご婦人だ。でもそのしぐさには、なんともいえぬ気品とユーモアが感じられたのだ。

これが仮に若い女性からこんなことをされたら、ちょっと生々しく、その人の品位をも疑わしくなるだろう。私だって緊張して素直に笑えなかったかもしれない。“投げキッス”なんて若者たちのものかと思ったら、こんな楽しい使い方があったと、はじめて知った。こういうことも相手次第で微笑ましいものだ。楽しいお年寄りの発想に思わず乾杯だ。

価値観の多様な米国において、ユーモアセンスは人格の高さを表す重要な要因の一つといわれている。会話やスピーチの中でもいかにセンスに富んだユーモアを発揮するか競い合っている光景をよく見かける。個人主義、合理主義などといった言葉がすぐ浮かんでくる米国では、本来は脇道であり、対人関係の潤滑油に過ぎないユーモアセンスだが、実は多数の中で個人の存在を認めさせ、他人と差をつけるという意味では、まさに重要な意味を持つものといえそうだ。

今回の場合、私のほうからも“投げキッス”の返礼をするのが、ユーモア社会でのエチケットだったのではなかったろうか。ところが私にはとうとう、それが出来なかった。照れ、恥ずかしさ、ユーモアセンス不足、なんとも未熟者の私と反省した次第だ。
 

河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

川柳(東京・成近)


 


( 川 柳 )

一匹と二人になった子の巣立ち

断りもなしに隣のビルの影

隣から見ればうちのも青い芝

入母屋の夢箱庭の中で終え

お隣とお互いさまという笑顔


( ニュースやぶにらみ )

「男子柔道金メダルゼロ」
お前まで −大相撲

「応援過熱」
熱中症です −テレビ応援席

「青から白へ」
小沢さんも柔道の審判を見習ってほしい −野田首相


河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

龍翁余話(240)「我慢は危険!熱中症」

7月以降、メールや電話、直接の挨拶は、おおむね「暑いですねえ」から始まる。本当に暑い。“暑い”を通り越して“熱い”。その“熱”によって命にかかわる様々な危険症状が引き起こされるので熱中症という言葉が生まれたのでは、と思っていたら、この熱中症、以前から医学界では使われていたそうだ。少し前まで、炎天下で帽子もかぶらず、長時間歩き回ったり、遊んだり、作業していると「日射病にかかるよ」と注意されたものだ。熱射病、というのもあった。それが最近は日射病とか熱射病という言葉を聞かなくなった。かわって登場してきたのが熱中症――そこで調べてみた。

そもそも熱中症とは“熱失神”、“熱けいれん”、“熱疲労“、”熱射病“など高温の環境下で異常熱によって起きる全身障害の総称だそうだ。つまり熱中症の中の1つに”熱射病“があり、更にその中に(太陽光が熱源となっている)”日射病“がある、ということらしい。しかし最近は太陽光に関係なく、生活環境の中に高温のサウナ状態となる場所が多く、高齢者などが家の中で倒れる事故が社会問題化してきた。つまり”日射病“という1つのくくりでは間に合わないほど原因や症状が複雑になっているので(昔、言われていた日射病や熱射病などを総称して)熱中症という言葉が定着したと言われている。昔だって炎天下の屋外や高温の部屋の中で倒れ、亡くなった人は沢山いただろうが、今のように重大な社会問題として(マスコミでも)大きく報道されていなかったように思うし、死因が”熱中症“
以外の病名で診断されたケースも少なくなかったのではないか。つまり、一般的にもマスコミ的にも行政的にも(熱中症を)今ほど重大視していなかったように記憶する。

ゴルフ好きの翁、多少の猛暑日でもゴルフ場に出かけ、周辺の友人たちから呆れられているが、確かに翁がメンバーになっている成田(千葉)のゴルフ場でも夏場には数回、救急車がやって来る(フロント嬢の話)。翁たちのように殆ど毎週、ゴルフをしているプレーヤーは猛暑日でも厳寒日でも“逃げ方”を知っており、それなりの防御策をとる。それでも「ヤバイ」と思ったら直ぐに中止する。ところが、年に数回しかプレー出来ない人やグループ・コンペ(仲間同士の競技会)参加者は、どうしても無理をする。グラッと来たのに我慢してプレーを続けていると「ヤバイ」の判断基準を狂わせ「ストップする」タイミングを逸する。ある(高齢の)ゴルフ友だちの話「炎天下でプレー中、急にめまいがしてコメカミが痛くなったが、まだ大丈夫と思ったし、自分が止めると言い出したら他の人に迷惑がかかるからと思って我慢してプレーしていたら、グリーン上で頭痛、吐き気に襲われ、結局、仲間やゴルフ場に迷惑をかけてしまった。救急車のお世話になる一歩手前でした」。翁、いくら「逃げ方を知っている」と言っても、この話はけっして他人事ではないので常に防御策を怠らないように心がけている。加えて普段から我が侭な翁、仕事以外の個人的な事では“我慢”が嫌いな性分だから“危険”を感じたら、一緒にプレーしている仲間に断って、1人、さっさと中断、乗用カートに乗って水分を補給したり冷たいタオルを首に巻いたりして休む。その方が仲間も安心する。「そこまでして(炎天下に)ゴルフするのか?」と身近な友人たちから顰蹙(ひんしゅく)をかっているのだが・・・

マスメディアは連日のように“熱中症”を報道している。市区町村でも頻繁に熱中症対策を呼びかけている。それでも熱中症事故は無くならない。7月23日から29日までの1週間に熱中症で救急搬送された人は(総務省消防庁の発表によると)8,686人(速報値)で、前週(16日〜22日)の約1.5倍(3,008人増)、1週間ごとの集計では今夏最多、死者も前週の13人から16人に増えた。消防庁が今年の調査を開始した5月28日から7月29日までの累計では、搬送者数は2万41人、死者は50人、8月に入ってからは更に急増しているとのことだ。都道府県別での救急搬送は、愛知県が668人でトップ、次いで東京都、埼玉県、大阪府、神奈川県、千葉県、兵庫県、福岡県の順(7月29日現在)となっている。地形条件、都市環境、地域別気象条件、人口密度などの影響度に関する細かな分析が見当たらないので順位の原因は定かではないが、1つ言えることは、どの地域でも搬送者・死者ともに65歳以上の高齢者が約4割を占めていること、幼児、10代の事故もけっして少なくないことが共通している。

お盆を過ぎれば猛暑もいくらか落ち着くだろうが「熱中症は猛暑日だけとは限らない」(環境省)そうだから、(今更だが)熱中症の主な症状と、自分たちが出来る応急措置の方法を再確認しておく必要がある。(突然)めまい、けいれん、頭痛、吐き気、しゃべり方がおかしくなる、反応が鈍くなる、などの症状が生じたら、とにかく涼しい場所に移動(体を休ませ冷やす)、水分補給(少しの食塩水もとる)、それでも回復に時間がかかりそうなら、手遅れにならないうちに救急車を呼ぶ。「我慢・忍耐こそが人間を作り成功に導く」という格言は古今東西、多くの先達(せんだつ)の遺訓に見られる。そのことは人間形成のうえで必須要件ではあるが、こと“熱中症”に関しては「我慢、忍耐こそが危険であり、災いの元となる」ことを肝に銘じておかなければならない。

さて、主題から外れるが、8月は日本にとって絶対に忘れることの出来ない怒りと悲しみの月。6日「広島」、9日「長崎」に投下された“ピカドン”被爆者への、67回目の鎮魂の月、世界へ向けて平和を発信する月。翁、小学6年生と中学1年生の時の8月9日に長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典へ、14年前の8月7日(祈念式典の翌日)広島平和記念公園へ行き原爆死没者慰霊碑、供養塔、碑文、世界各国から届けられた折鶴などに合掌した。この時期、耳をつんざくようなミンミンゼミの鳴き声を聞き、ジリジリと照りつける太陽を浴びると「ヒロシマ」「ナガサキ」に想いを馳せる。毎年、祈念式典のテレビ中継を視て思うのだが、あの炎天下、熱中症で倒れる人はいないのだろうか、いや、きっと“熱い祈りは熱中症を超える”のかもしれない・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

 

茶子のスパイス研究

オーガニックお野菜作り

去年の夏頃、ひょんなキッカケで日本に帰る前の4ヶ月ほどオーガニックのお野菜作りをしている所でお手伝いさせていただく機会に恵まれた。
そこでは試行錯誤でいろいろなお野菜をいろいろな状況で実験を重ねていた。

考えてみたら今まで種から植物を育てた経験など全く無かった。子供の頃、理科のクラスで朝顔の観察をしたことぐらいしか記憶にない。
全くやった事のない分野だったがスパイスの勉強の一環でもあるし興味があったので2つ返事で引き受けさせていただくことになった。

昔から寝つきと寝起きが良かった私にとって早朝6時からスタートの仕事は苦にはならなかった。
まだ暗いうちに家を出て夜明けの空を眺めながらトラフィックのないフリーウェイを走るのは気持ちのいいものだった。ダウンタウンのビルの向こうに見える山々が群青色のシルエットからオレンジ色に染まる様子や空の色が紫からピンク色に変化していくグラディエーションの様子も毎回変化に富んでいて見ていて飽きる事がなかった。

仕事場は畑でなくLAダウンタウンの室内で土を使ったオーガニックのお野菜作りだった。日本でも天候の変化に左右されない安定した供給が出来る植物工場が稼動していると聞いたが、殆どは水耕栽培のものらしい。この会社のオーナーは自然の土にこだわっていたのでミミズが耕していたフワフワの黒い土を使っていた。

朝来てから植物の水遣りから始める。水遣りが終わった時点でミーティングその後、植物たちの成長を見ながら食べ頃のお野菜の刈り取りとパック、その日に刈り取ったお野菜の補充の為に土を鉢に盛り種を植えていく。種蒔きはお野菜作りのローテーションの中で一番難しい仕事だ。

先輩が種を蒔いている時は真剣そのもので緊迫した空気が流れていた。まるで儀式のようだと思った。考えてみると一つ一つの種に命が宿っているのだからすごい事だ。その命の成長を実際に目で見て驚かされた。先輩が蒔いた種か翌日の朝には土が盛り上がって早いものだともう芽が出ているのだ。あの土を動かすエネルギーがあんなに小さな種に潜んでいるのを見て驚きだった。

ある日良く見ると種を蒔いて間もなく所々に白いフワフワした羽のようなものを見つけた。この天使の羽のようなものは何だろうと思ってオーナーに聞くと種にも頭と足があって頭から突っ込まれたものは自分でひっくり返る為に白いフワフワの羽のようなものを出してそれをつたって頭と足を入れ替えるのだそうだ。それを聞いて本当に感動してしまった。小さな種がそんな事を自らやってのけるのだからすごい。
蒔く時にどっちが上でどっちが下なのかなど、到底、見分けるのは不可能だ。種の中にはグングン素直に成長するのもいれば、ふてくされたように全然芽を出さないものもある。強いものもあれば弱いものもあり植えて見なければわからない。

ここではお野菜のみならず、いろいろなハーブやスパイスを種から植え育てる経験をさせていただいた。そこで初めてディルも植えてみた。ディルの種はディルシードと言ってセリ科の一年草で植物全体に芳香があるので若葉や茎など全部利用する事が出来る。
スパイスの計り売り場では、このディルシードが売られているのを見たことがあっても、どのような葉から種が付くのか本でしか見たことがなかったので楽しみにしていた。

ある日の朝、きゃしゃなディルの葉の先にかわいらしい種が付き始めた。それをじっと見ていたら
種がピロピロっと動いた。あれっ?気のせいかなと思いもう一度良く見てみたら、かすかだが、やっぱり動いている。下の方に虫でもいるのかと見てみても何もいない。風が吹いてきたのかとドアの方に視線をやってもドアは閉まっている。もう一度ディルの種に視線を戻して観察してみた。そうするとディルシードの葉先の種が跳ねるようにピンと立ったり左右に揺れたり、まるで朝の眠りから覚めたように皆ピロピロ勝手にあちこち動いているのだ。やっぱり生きているのだ!またまた感動して走ってオーナーにその事を知らせに行った。日頃、農業に従事している人にとっては、当たり前の事が私にとっては一つ一つが驚きなのだ。

そこでGMO(遺伝子操作)の事や原種の保存がどんなに大事な事か種を巡って食物コントロールを企んでいる企業家グループの話など毎回朝のミーティングではいろんなエキサイティングな興味深い話題で盛り上がった。

そこで働き始めて間もなく日系のマーケットで一度だけ週末デモンストレーションをやった。お客様のオーガニック野菜への反応を見るのとそこの会社のお野菜の宣伝が目的だった。
いろんなお客様がいらっしゃったが、其々にオーガニックに対する関心の高さと知識の深さは作り手を刺激するものだった。

あるお客様が米国の自然食品マーケットでは成功しているホールフーズマーケットのオーナーの話をしてくれた。彼は昔ヒッピーだった頃、近くの農場で害虫駆除の為に化学薬品を空からまいているのを見てあんなものを食べていたらいつか病気になって死んでしまうと恐怖を感じ自分で食べるものは自分の手で作ろうと仲間で畑を借りて無農薬の野菜を作り始め、そのうち路地で自分たちが作った野菜を売り始めたのが切欠でここまで大きくしたのだと話してくれた。

また自ら病気を食で克服した体験談を熱心に話してくれるオーガニック信奉者の人もいた。
あるご年配の女性は″私は広島の原爆一世なのよ。被爆していた事は、わかっていたけど間もなく結婚してロスアンジェルスに来てから自分の家の裏庭に畑を作ってその頃からオーガニックをとっくにやっていたのよ。
子供たちの事も心配だったから体にいいものを食べさせようと必死だったの。被爆手帳を持っている人は、このアメリカでも医療費が免除されているけれど医者なんて一度も行ったことがないのよ″と。それで時々日本の政府からどうして医者に行かないのかと時々チェックがはいるらしいのだが自分は健康だから何も行く必用がないと言っているのだそうだ。

ただ、人其々遺伝による体質や生活様式や免疫機能の強さなどいろいろな要因が複雑に重なりあっているので一概に何が良くて何が良くないのかは決められないと思うのだが確実に食品に対する消費者の関心が高まっているのは確かだと実感した。

その後、その会社で私たちが特別な方法で作っているお野菜の栄養価が普通のお野菜とどのくらい違うのか研究所に持っていって調べてもらいデーターを作成する事になった。その結果も素晴らしいものが出た。
詳しい事は内部秘密事項なので言えないが、沢山お野菜を食べなくても少量でたくさんの栄養が取れるのはお野菜嫌いの人にとっても朗報だと思った。
もちろん手間隙かけて、いい水や土を使うのでコストは普通のお野菜より割高にはなるが、それでも美味しくて栄養があるのなら、やはり消費者は購入していくのだという事を感じた。

ところで日本では納豆や食品に″遺伝子操作されていません ″と書いてあるのを良く見かけるが、こちらの商品には無記名のものが多い。それでも最近になって商品のパッケージに ″NON GMO 遺伝子操作されていない″というパッケージを見かけるようになった。

わざわざ表示するという事はそれなりに意味があるのだろう。遺伝子操作されているものが悪いとは他の遺伝子操作されている商品の営業妨害になるから言えないだろうし、今はまだ確実なデーターが出てこないのかもしれないし、まだ出さないのかもしれない。とにかく証拠がないうちは訴訟問題も絡んでいるので難しい。

それらを食べて結果が出るのは時間を待たなければわからない。自分の体に入るものは自分の
責任において選んで食べるしかない。何をどう食べていけばいいのか、だんだん難しい時代になってきた…

茶子 スパイス研究家

 

 

ジャズ&ポップ−今週のお奨 めアルバム

あっという間に一週間が過ぎます。今週もXアプリを開いて、アルバムを探しました。暑いので爽やかな音色の曲がいいなあと思ってスムースジャズから探しました。Dave GrusinのCinemagicはいかがでしょう?London Symphony Orchestraをバックにした映画音楽ですので、聴きやすいです。これはクラシックのジャンルに入るのかもしれません。
"Cinemagic"  Dave Grusin & London Symphony Orchestra

01 On Golden Pond
02 New Hampshire Hornpipe
03 Heaven Can Wait
04 An Actor's Life
05 It Might Be You
06 Fratelli Chase
07 The Heart Is A Lonely Hunter
08 Mountain Dance
09 Letting Go -- T.J.'s Theme
10 The Champ
11 Condor
12 Goodbye For Kathy
13 PLO Camp Entrance
14 Epilogue

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm
《R.O.》

編集後記

河合さんの「投げキッス」のお話は面白いですね。私ならどうするか想像してみました。アメリカにいたら私は投げ返すだろうなあと思います。日本でそれをされたら?・・・想像できません。

iPadとAndoroidスマホ
iPadはWiFiで使用しています。外へ出るときはスマホなので軽くなりました。iPadで使っていたLineのアプリをインストールして息子と連絡を取り合っています。

雑貨屋のブログ→ http://zakkayanews.jugem.jp/
雑貨屋ニュースレターのバックナンバーは下記のURLでご覧いただけます。

http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.847

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com