龍翁余話(237)「情熱の翼コンサート」
昨年の東日本大震災の2ヵ月後に、オペラ歌手の熊坂牧子さんが千葉県流山市で、『届け歌声 相馬の空に』と題する福島県相馬市復興支援のチャリティ・コンサートを開いた。牧子さんは長年、流山市で《ミューズ熊坂音楽スタジオ》を主宰、ご主人の良雄さん(翁と親友=バリトン歌手)と共に国内外で演奏活動を行なう一方、地元・流山市でも積極的に音楽振興に貢献し、児童をはじめ老若男女の音楽指導に携わっている。そこで牧子さんと相馬市の関係は――もともと流山市と相馬市は姉妹都市、1997年に牧子さんがロータリークラブのメンバーとして相馬市を訪問して以来、今日まで深い音楽交流が続けられている。2003年に相馬市教育委員会生涯学習課内に“音楽に息づく街”を目指したプロジェクトチーム《そうま音楽夢工房》が発足、牧子さんはそのプロジェクトの活動支援も行なってきた。「とにかく私は相馬市が大好きです。第2の故郷だと思っています」と牧子さんはステージでもそう語っている。
そんな強い、熱い思いで(昨年5月1日、15日、30日の3回)『届け歌声 相馬の空に』が開催された。それを取材した翁は『龍翁余話』(183)でこう書いた「♪川は流れてどこどこ行くの 人も流れてどこどこ行くの そんな流れがつくころは 花として花として咲かせてあげたい 泣きなさい 笑いなさい いつの日かいつの日か 花を咲かそうよ・・・
オペラ歌手・熊坂牧子さんが相馬市の被災地に向けて万感の思いで熱唱した『花』(詞・曲 喜納昌吉)が満席の観客の涙を誘った。翁も、この歌をこれまでに何回となく聴いたが、今日ほどの感動を覚えたことはない。その感動は、具体的に義捐金として(流山市民の激励の寄せ書きと一緒に)相馬市(立谷秀清市長)に届けられた」・・・
それから1年と1ヶ月経った昨日(6月30日)、今度は現地・相馬市の総合福祉センター(はまなす館多目的ホール)で『情熱の翼コンサート』が開かれた。出演は牧子さん率いる“アンサンブル・ミューズ”。主催は流山市・相馬市両ロータリークラブ、後援は流山市・相馬市両教育委員会と介護老人保健施設ベテランズサークル(相馬市)。老人たちをベテランズ(長年の経験を重ね、その道に熟達した人たち)と敬意を表したネーミングがいい。会場を見渡せば、確かに“ベテラン”が多い。取材の翁も間違いなくその仲間。
さて、出演者は――歌と司会は牧子さん(ソプラノ)、歌・熊坂正実さん、彼は熊坂夫妻の長男で武蔵野音楽大学声楽学科を卒業後、日本オペラ振興会オペラ歌手育成部修了、本格的なバリトン歌手としてこれまでに「フィガロの結婚」、「カルメン」、「マクベス」、「コシ・ファン・トゥッテ」などを演じてきた。また、各地でのコンサートでは日本歌曲など幅広いジャンルを歌う。父・良雄さんが育てた東京工学院音楽科講師も勤めている。ピアノの熊坂百合絵さんは正実さんの妻。東邦音楽大学(ピアノ専攻)卒業後、国立ウイーン芸術大学M・プリンツ教授や国内有名ピアニスト数人に師事、ソロや伴奏者として活躍している一方、原田音楽教室主宰、全日本ピアノ指導者協会会員として後進の指導にも力を注いでいる。言うまでもなく音楽一家“ミューズ熊坂音楽スタジオ”としても、かけがえのない存在のピアニストである。バイオリンの樺山玲子さんは、3歳よりバイオリンを習い始め、昭和音楽大学卒業後、各地でソロや室内楽バイオリニストとして活躍している。千葉県流山市サロンコンサート新人演奏会で好評、現在は“アンサンブル・ミューズ”においても重要なメンバーの1人である。
流山市ロータリークラブ会長・木村幸浩さん、相馬市ロータリークラブ会長・青田由広さん(お二人とも本日6月30日で任期満了)の主催者挨拶で始まったコンサートは、第1部“みんなが知っている日本歌曲集”。正実さんが歌った『荒城の月』は一般的に歌われている山田耕筰編曲のメロディではなく、作曲家・瀧廉太郎のオリジナル・メロディだった。♪春高楼の花の宴(えん)の“え”の音が1音下がりか半音下がりの違いだが、初めて聴く人は“おやっ?”と思ったのではあるまいか。(なお正実さんは本年4月に上野公園の旧東京音楽学校奏楽堂にて東京室内歌劇主催の『春うらら』で瀧廉太郎役を演じ好評を博した。来年4月に再演予定。)リーダーの牧子さんは『浜辺の歌』を歌う前に「地震と津波で壊滅的なダメージを被った相馬港及び松川浦の海岸を思い、この歌を歌っていいかどうか悩みました。でも、一日も早い復旧復興を願って歌わせていただきます」に大きな拍手が湧いた。第2部“懐かしの青春歌謡”では『高原列車は行く』ほかを客席全員が(牧子さんのリードで)歌った。第3部は樺山さんのバイオリン独奏と牧子さん、正実さんによるオペラ、ロシア民謡数曲が熱唱された。
アンコールの『ウイーン我が街』が翁の胸に響いた。♪喜びも悲しみもこの街に 夜でも昼でも心の慰め 誰にでも愛される私の故郷 私の心はいつもこの街に・・・この歌が今日の『情熱の翼コンサート』の趣旨と熊坂牧子さんの“相馬への思い”の全てを物語っているように聞こえた・・・と、そこで結ぶか『龍翁余話』。(予告:次回は熊坂良雄さんに案内していただいた『津波の爪痕・相馬市の今』(仮題)をお届けする予定です。) |