Imagination is more important than knowledge,
for knowledge is limited while imagination embraces the entire
world.
空想は知識より重要である。知識には限界がある。想像力は世界を包み込む。
ある日の朝、車のガスを入れに立ち寄った時、そこのマクドナルドの店にコーヒーを飲みに入った。テーブルに座ってふと見上げたらアルバートアインシュタインの絵がかけられてあった。そこに記された彼の言葉がこれだった。
 |
 |
この言葉に触れた時、何かピピット反応した。 ″やっぱり会社を辞めよう ″今までどうしようか迷っていた気持ちが突然、吹っ切れてさっぱりとした気持ちになった。
そしてその場でPCを引っ張り出して退社届けを作り始めた。
人生いろいろ決断しなければならない状況に遭遇する事がある。二又道のどっちに行ったらいいのだろうと考えても、考えてもなかなか決まらない事がある。そういう時には自然に任せていると風が吹いてきて背中を押される時がある。今までも何回かそんな事があった。
あっちに行きたいな〜と思い電車に乗る。しばらく走って電車が停車して次に乗り換えなければならない時がやってくる。東西南北どっち行きに乗ろうか…特急で行けばいいのかもしれないけれど私など何だかいつも特急に乗り遅れて各駅停車に乗っているような気がする。
そして2009年の4月一杯で14年勤めた米国日系会社を退社することにしてHR(総務)に退社届けを出しに行った。
ここ数年は日本にいる祖母のホーム探し、その後の祖母のお葬式、母の怪我など不運な事が続いてしまった。直属の上司はその度に何度もお休みを許可してくれた。そして最後に3ヶ月家族休暇を頂いた後に会社に戻った後も家族休暇が必要ならば、また許可すると言ってくれた。
未経験から営業として放り出されあまりその仕事に向いてなかったと思うが、ずっとその会社に勤める事が出来たのも全てお客様に支えてもらって続ける事が出来たと本当に今でも感謝の気持ちで一杯だ。
会社を辞める事にしたとある友人に言ったら″これから益々世の中は不景気になるし仕事を探すのは難しくなるから考えなおした方がいい″と心配してくれる人もいた。
人事の担当者も″日本での事情が落ち着いたら、いつでも戻ってきていいのよ。
ドアは開けておくから″とまで言ってくれた。
嬉しかったけれど100%会社には戻らない…そう、思った。今まで仕事も忙しかったが、お気楽にアメリカで自由に暮らし週末は山ばかり登って祖母の介護にあけくれていた母の事を気使ってやれなかった自分を反省した。今後もっと母と過ごす時間も欲しかったし自分をリセットする時間も欲しかった。
会社を辞める少し前から漢方やハーブに興味を持ち始めたのもこの頃だ。漢方は中国の中医学と日本で育った日本漢方がある。
ところで昨晩24日LAからまた日本に戻ってきた。今度は2ヶ月日本に滞在予定だ。
なので、これから2ヶ月間は日本でのスパイスライフが始まる。
その晩久しぶりにNHKのクローズアップ現代を見たら
″漢方薬に異変あり?伝統医療覇権争い ″と言うタイトルだったので見てみた。最近、医療現場でも科学的にその成果が証明されはじめ注目されてきているらしい。その動向を見て中国政府が生薬の輸出を規制はじめ値段が5−6倍にも跳ね上がっていると言う。
それだけでなくISO(国際基準化機構)を中国の中医学をスタンダードにしようとしているらしいのだが、そうすると日本独自で築き上げてきた日本の伝統漢方も韓国の漢方も大打撃を受けると言うのだ。
あまりに多い品種と一人ひとりの体に合わせた調合の難しさを考えるともっと簡単に日常誰もが取り入れやすく病気になってからというよりも病気の前の未病の段階で体を治してしまう予防医学の方に興味を持った。それをスパイスやハーブを取り入れてどのように利用、応用していくかに興味をそそられた。それでスパイスを勉強するにはどうしたらいいのか調べてみた。
アメリカではフードサイエンスというクラスはあってもスパイスの専門のクラスは見当たらなかった。そこで日本を調べてみたらスパイスが学べる所があったのでメールで連絡を取ってみた。
当時、まだ会社に在籍中だったので日本でクラスを受けることは不可能だったので通信教育やオンラインのクラスはあるか聞いたがその時は残念ながら今はありませんが将来考えているのでその時に連絡しますとの事だった。ところがその数ヵ月後に海外の第一期生のテストケースとしてオンラインでやってみましょうといくことになり急遽、話は進展した。
毎回、直接先生から来るメールにスパイスの実験テストそしてその結果報告と感想を送る事になっていた。その時に感じた疑問や質問がまた先生から返って来る。毎回その課題は面白くワクワク楽しくてしょうがなかった。そしてスパイスコーディネイターの日本での受験資格を得る事が出来た。
ところが試験当日、予測していなかった論文テストがあってしばらく使っていなかった漢字がわからなく、ひらがなとカタカナまじりの子供の手書きのような実に恥ずかしい論文になってしまったがおかげさまで合格を頂いた。
殆どの受講生は食品会社の中堅幹部の人達かレストランのオーナーや既に料理教室を持っている先生などが多く私のような全く関係の無い異業種からの受講生は殆どいなかった。
だからその時、会社の経費でスパイスクラスを受講出来る人たちが羨ましく思えた。資格を取ったからといってすぐにそれで食べていけるわけではないし…とも思ったがやっぱり自分が興味を持てる好きな事をやろう。たとえそれで食べていけなくても最低自分に役に立つ事が勉強出来るし、それが自分の好きな友達にも役に立つことがあれば、それでいいやと思った。
今まで働いてきた自分のお金でしばらく食いつないでいこう、そう覚悟した。これからは自分の時間を自分が働いてきたお金で自分に投資しよう、そう前向きに考える事にした。
まさかアインシュタインの言葉で弾みがついて一挙に自分の人生の方向転換の切欠になるなんて思ってもみなかった。
そんな彼の写真が今は私のスパイスキッチンにも飾られてある。
茶子 スパイス研究家 |