龍翁余話(207)「トラ・トラ・トラ」
パールハーバー(真珠湾)には、2つの記念館が浮かんでいる。その1つは――
1941年12月7日(ハワイ時間)大日本帝国太平洋艦隊の 爆撃機及び潜航艇による攻撃で真珠湾に集結していた米太平洋艦隊の主力艦数隻が壊滅的な被害を受け、特に戦艦アリゾナは1,177人の兵士と共に海の底に沈み、現在も湾の底に沈没状態で保存され、その真上に『アリゾナ記念館』がある(写真右側)。もう1つの記念館は――1945年8月15日“玉音放送”のあとの9月2日、東京湾に停泊していた戦艦ミズーリ(写真左側)。時の外相・重光葵政府全権大使が降伏文書に調印した戦艦である。つまり、ここには太平洋戦争の始まりと終わりの目撃者が70年経った今もなお、真珠湾を訪れる人たちに太平洋戦争史を語り継いでいるのである。
この真珠湾には、翁(33年間)殆んど毎年訪問しているが、最近『アリゾナ記念館』ビジターセンターの傍に新しい博物館が出来たと聞いたので、また今年も行って来た。入口には日本海軍の真珠湾攻撃をめぐる日米両国の動きを題材とした日米合作映画(1970年)のタイトル『TORA!
TORA! TORA!』)の看板がある。『トラ・トラ・トラ』とは、真珠湾攻撃隊長・淵田美津雄中佐が搭乗する九七艦上攻撃機から、第一航空母艦(南雲忠一中将機動部隊)の旗艦『赤城』へ発信された電文で“我、奇襲に成功せり”の意。
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(展示されている)旗艦・赤城の模型 |
(同)戦艦アリゾナの模型 |
それほど広くない館内だが、日本海軍による真珠湾攻撃の一部始終=攻撃ルートと方法、攻撃時の日米の戦力と損害規模などが分かりやすく解説され、数箇所に破壊遺物が展示されている。展示資料によると日本側攻撃機動部隊は、旗艦『赤城』以下6隻、戦艦2隻、 重巡洋艦2隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦9隻、特殊潜航艇5隻、艦上航空機350機ほか。日本側の損害は、未帰還機29機、損傷74機、戦死55人、特別攻撃隊(特殊潜航艇)5隻は未帰還、戦死9人、捕虜1人、米国側の損害は、上記アリゾナのほか戦艦5隻沈没、3隻中破、駆逐艦2隻沈没、巡洋艦3隻中破、航空機188機破壊、155機損傷、戦死2,345人、民間人犠牲57人となっている。展示場の中程に、山本五十六海軍大将(太平洋艦隊司令長官)の写真とキャプション(解説)が展示されている。山本大将は、真珠湾攻撃の作戦総指揮者ではあったが、開戦前に「日米戦争は世界の一大凶事である。(中略)正面衝突を回避するため日米両国はあらゆる策を講ずる必要がある」と語り、最後まで対米戦には反対であったという。そのことに米国側は一定の評価を下している。
ところで、真珠湾攻撃のあと、爆撃機で散華した55人は単なる“戦死者”扱いだが、特殊潜航艇の戦死者9人は“九軍神”としてマスコミで囃され顕彰された。この違いは何故だろう?軍部の演出だったか?特殊潜航艇とは2人乗りの小型潜水艦。資料によると5隻10人が出撃、3隻が魚雷攻撃を行なうが4隻が撃沈され8人戦死、残る1隻は座礁して拿捕される。座礁して潜行不能となった時、艇長の酒巻和男少尉と稲垣清2曹は艇に時限爆弾を仕掛け脱出するが、真珠湾特有の荒波に流され稲垣2曹は行方不明(後に戦死と発表、九軍神の1人に加わる)、酒巻少尉は失神状態で海岸に漂着したところを捕まり太平洋戦争第1号の捕虜という汚名を着せられた。しかし、酒巻はけっして軟弱・卑怯な人間ではなく捕虜収容所の中で自決を試みるも思い止まり、その後の日本兵捕虜の相談相手になるなど多くの同胞の命を救った。米軍側に対して凛とした態度を貫き、気骨ある日本軍人として米軍側からも評価・信頼され、通訳の任を与えられた。翁、個人的には“酒巻少尉のその後“に興味を持つ。終戦の翌年(1946年)に復員、トヨタ自動車に入社、1969年に同社ブラジル現地法人の社長、1987年に同社を退社、1999年に死去(享年81)。彼のことも真珠湾博物館の中でかなり詳しく紹介されている。12月10日の夜9時からNHK土曜ドラマスペシャル『真珠湾からの帰還〜軍神と捕虜第1号〜』が放送される。そのドラマの中で“九軍神”と酒巻少尉のことがどのように描かれているか、楽しみだ。
館内を出たところで突然、初老の米国人(白人)に「君は日本人か」と声をかけられた。「イエス」と答えたら「何のためにここ(パールハーバー)に来たのか?」と荒い語調。いささかムカついたので「質問の目的は何だ?君は何のために来ている?」と睨みつけた。するとその男「私の父は真珠湾で日本軍に殺された。だからいつも祈りを捧げに来ている。私は日本人が嫌いだ」翁、一瞬返答に窮し数秒、間をおいてから(精一杯気持ちを抑え)「君と真珠湾攻撃の是非を論じる英語力を、私は持っていない。しかし、言えることは、戦争は悲劇を生むだけ。日本兵も沢山アメリカ兵に殺された。広島・長崎への原爆投下は20世紀最大の悲劇であり、米国の史上最大の犯罪だ。しかし私は米国を憎まず、ほとんど毎年ここに来てアリゾナ号に合掌している。そして“もう2度と戦争をしてはいけない”と誓っている。多くの日本人が、平和のありがたさ、命の尊さを感じ日米友好を願っている。君はもっと今の日本人を理解すべきだ」翁の下手くそな英語を分かってくれたのか、その米国人の目が微かに緩み、そっと握手を求めてきた。何とも複雑な思いをさせられた『トラ・トラ・トラ』訪問であった・・・と、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |