龍翁余話(187)「涼を求めて蓼科へ」
中央自動車道の南諏訪ICを出て茅野市の北側を走り、親友M・Sさんの車は快調に蓼科高原へと向かう。車の冷房をOFFにして爽やかな自然の風を車内に入れる。高原の涼風、まさに値千金。蓼科は八ケ岳の西麓、茅野市北部に広がる標高(平均)1300mの高原、湿度が低く夏季は冷涼で避暑地として有名、豊富な山野草、野鳥など野性生物、自然観察(スケッチや写真撮影)のファンも多く、また、八ケ岳登山ベースの一つでもある。
樹林の合間から八ケ岳を垣間見る。八ケ岳は長野県の諏訪・茅野地域、佐久地域及び山梨県の境にまたがる山塊(幾つかの山々が1箇所に集まっている山岳の形状)。一番高い山・赤岳(2899m)のほか横岳、阿弥陀岳、硫黄岳、権現岳、中岳(いずれも2700m〜2800m級)が有名だが、山の知識に疎い翁、どれがどの岳か、まったく知らない。

ふと、梓林太郎の小説が脳裏をよぎる。梓林太郎は翁が好きな作家の一人。テレビドラマでお馴染みの『山岳救助隊・紫門一鬼シリーズ(高嶋政宏主演)』や『旅行作家・茶屋次郎シリーズ(橋爪功主演)」の原作者だ。翁はテレビドラマより彼の小説が好きだ。彼は豊かな登山経験を活かした山岳推理小説の第一人者。特に、彼は長野県飯田市生まれだから、やはり長野県の山々、及び周辺の山岳を題材にした作品が冴える。例えば『八ケ岳の血痕』(長野県諏訪市で轢き逃げ事件が起きる。目の不自由な母親の杖代わりになっていた5歳の少女が車にはねられ重態・・・一方、八ケ岳・硫黄岳で男の遺体が発見、事件は意外な方向へ)、『赤岳殺人暗流』(八ヶ岳連峰・赤岳で遭難事件が発生した。吹雪の中、リーダーが行方不明になった。一方、長野県諏訪市のマンションで、心中事件があった。やがて、物語は醜く悲しい人間のサガを浮き彫りにする)――いずれも長野県警諏訪署のベテラン刑事・道原伝吉が登場して事件を解決に導く、というミステリー小説。
コメツガ(常緑針葉樹)やシラビソ(常緑高木)が混ざったカラマツ林を走り抜けると、目の前に北米の2×4(ツーバイフォー)建築を思わせる山荘風ペンションTが姿を現す。
6月下旬、東京では連日の猛暑日が続く中、標高1300mのこの辺りは、さすがに別荘地にふさわしく澄んだ(美味しい)空気と涼風が翁の心身を癒してくれる。誘ってくれたM・Sさんのおもてなしに感謝しながら翌日のゴルフに、翁ははや、遠足前夜の少年の気分。
さて、梅雨期とは思えない快晴に恵まれた絶好のゴルフ日和。カラマツ、アカマツの林でセパレートされた高原ゴルフコース、初めての挑戦にしては翁、まずまずの内容。このゴルフ場とは顔馴染みのM・Sさんも好スコア、他の仲間もご機嫌のプレーだった。
ところで翁、今回の蓼科行きにはゴルフのほかに、もう1つ目的があった。諏訪大社参拝である。翌日(2回目)のゴルフのあと、M・Sさんに車で案内して貰った。諏訪大社は諏訪湖の周辺に4箇所の境内地を持つ神社、正式名は『信濃国一之宮・諏訪大社』。全国各地にある諏訪神社の総本山、起源は定かではないが古事記や日本書紀(の神話)に出てくる我が国最古の神社の1つとされている。古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として崇められ、現在は生命の根源・生活の源を守る神として広く信仰されている。ゴルフ場から茅野市街を抜け30分ほど走った所に上社本宮がある。
諏訪大社と言えば『御柱』。山中から樅の巨木(長さ17m、直径1m、重さ10トン)を16本(上社本宮・前宮・下社秋宮・春宮に各4本)切り出し4箇所の各宮まで曳航して社殿の四方に(ご神木として)立てるのだが、有名なのは日本三大奇祭の1つ“木落とし”。最大傾斜35度、距離100mを御柱は土煙を上げ轟音を響かせながら猛然と坂を下る。それに大勢の氏子たちが飛び乗ったり振り落とされたり。絶叫とも悲鳴ともつかぬ大歓声の中、最後まで乗り切った氏子は“英雄”となる。「男見るなら7年に一度、諏訪の木落とし、坂落とし」と言われるほどだ。翁はテレビで観ただけで実際の迫力は知らないが毎回死傷事故も多いと聞く。最近では昨年5月8日、2人が死亡、2人が重傷を負ったそうだ。
翁にとってもう1つの興味は『本宮神楽殿の大太鼓』。牛の1枚皮では日本一。皮面直径2.1m、胴長さ2.5m、重さ1トン、その巨大さもさることながら横腹に描かれた“登り龍”が見もの。龍翁、しばしの間、その登り龍に呑み込まれる。それにしてもこの龍は、いつ吼える(打ち鳴らす)のだろうか?正規には年末年始だけかも知れないが、大震災や原発事故など国家的大惨事に見舞われた時、亡くなった人の冥福、被災者・被災地の復旧・復興を祈願する“祈りの龍太鼓”を、毎日朝晩、天下に轟かせてもらいたい。何故なら、諏訪大社は生命の根源、生活の源を守る神だから・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |