龍翁余話(183)「届け歌声 相馬の空に」
♪川は流れて どこどこ行くの
人も流れて どこどこ行くの
そんな流れが つくころには
花として 花として 咲かせてあげたい
泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か
花をさかそうよ(詞・曲 喜納昌吉)
オペラ歌手・熊坂牧子さんが相馬市の被災者に向けて万感の思いで熱唱した『花』(すべての人の心に花を)が満席の観客の涙を誘った。翁も、この歌は何回となく聴いたが、今日ほどの感動を覚えたことはない。かつて人口38,087人、世帯数13,725(3月1日現在)、自然環境に恵まれ風光明媚、豊かで平和な暮らしを保っていた福島県相馬市は3月11日の東日本大震災で、一瞬にして地獄絵図と化した。町は破壊され、死者429人、行方不明者28人、住宅・建物被害1512棟、今もって838人が避難所生活を余儀なくされている(福島県全体では、死者1583人、行方不明者411人、避難生活者2万4114人=6月1日現在)。未曾有の国難にもかかわらず愚かな政治家どもは国民(被災者)をそっち退けにしてドタバタ劇に明け暮れ復興計画を大幅に遅らせている。こんな有り様に被災者たちは自分たちの“流れの行き先”が見えない状態。そんな被災者たちの不安な心情を謳うかのように、美しくも哀感に満ちた牧子さんのソプラノが観客の心に沁み渡る。♪いつの日か 花を咲かそうよ・・・それは、牧子さんの悲痛な叫び(願い)であり、祈りでもあった。
5月29日、ここは千葉県流山市・初石公民館ホール。『届け歌声 相馬の空に』と銘打っての相馬市復興支援チャリティ・コンサート会場だ。牧子さんが住む流山市と相馬市は姉妹都市。牧子さんは長年、流山市で『ミューズ熊坂音楽スタジオ』を主宰、ご主人の熊坂良雄さん(バリトン歌手)と共に国内外で演奏活動を行なう一方、地元(流山市)でも積極的に音楽振興に貢献し、児童をはじめ老若男女の音楽指導に携わっている。本日の相馬市復興チャリティ・コンサートは、5月1日(北部公民館)、5月15日(南流山センター)に次いで3回目。いずれも『ミューズ熊坂音楽スタジオ』と、牧子さんが音楽講師を勤める『ゆうゆう大学』(60歳以上の流山市民の生涯学習を推進する2年制大学)の音楽専科OB連合会(志村恒彦会長)の共催である。牧子さんと相馬市の関係は、1997年にロータリークラブのメンバーとして相馬市を訪問して以来、今日に至るまで深い音楽交流を続けている。2003年には相馬市教育委員会生涯学習課内に“音楽の息づく街”を目指したプロジェクトチーム『そうま音楽夢工房』が設立されたが、牧子さんはそのチームの活動支援も行なっている。今回の(3会場での)チャリティ・コンサートの義援金は近日中に牧子さんたち主催者数人が相馬市へ行き“寄せ書き”と一緒に立谷市長に直接贈られるそうだ。
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右から橘さん、渡邊さん、高樋さん |
ピアノ百合絵さん、歌唱指導牧子さん=右端 |
第1部の「コンサート」は、牧子さんの軽妙な司会で進行する。オーボエ奏者・橘 秀樹さんの『追憶』、ソプラノ歌手・渡邊真弓さんの『カルメンより“何の恐れることがありましょう”』、高樋純子さんのピアノソロ『タンゴ』、そして牧子さんの『花』など、いずれも一流音楽家の演奏に観客は酔った。ソプラノ(渡邊)・オーボエ(橘)・ピアノ(高樋)の合奏『オペラ“涙の流れるままに”』の“異色のコラボ”にも拍手の波。
第2部「みんなの歌声を(相馬の空へ)届けよう」では、熊坂百合絵さんのピアノ伴奏、牧子さんの歌唱指導で観客全員が『夏の思い出』『埴生の宿』『翼を下さい』『故郷』を歌った。『故郷』は『朧月夜』を作った高野辰之の詩。翁は2度ほど彼の“故郷”(信州中野市)にある“高野辰之記念館”と隣町(飯山市)にある菜の花公園の“朧月夜歌碑”を訪ねたことがある。千曲川を眼下に、残雪の山並みを望む丘(菜の花公園)に立つと、そこはまさに“兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川”の世界。この北信州の素朴な農村風景を思い浮かべながら(翁は自信なく小声で)歌っていると、翁の左右から素晴らしいバリトンが聞こえた。右は(牧子さんのご主人)良雄さん、プロだからうまいのは当然だが、左隣のバリトンもなかなかの美声。実はこの人、栗原さんという(牧子さんが顧問を務める)“ゆうゆう大学音楽専科OB連合会”の初代会長。今も牧子さんが主宰する“ミューズ・カルチャーサロン”のメンバー、うまいはずだ。自衛隊OB(2等陸佐)という異色の経歴の持ち主でもある。
♪いかにいます父母 つつがなしや友がき 雨に風につけても 思いいずる故郷・・・翁、ここで歌えなくなった。避難生活者の中には父母・親戚や友を失った人たちも多かろう。その人たちの心情が歌詞と重なって胸が詰まる。栗原さんの歌声も心なしか小さくなった。大震災発生直後から(故郷を離れ)被災地で、それこそ雪の日も雨の日も風の日も任務一筋に頑張ってくれている後輩の自衛隊員たちに思いを馳せているように思えた。
♪志を果たして いつの日にか帰らん 山は青き故郷 水は清き故郷・・・政治が澱んでいる間でも、被災者たちは夢と希望を失わず立ち上がった“いつの日か青き故郷、清き故郷を取り戻そう”と。ささやかながら翁も届けたい、精いっぱいの声援を相馬の空へ・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |