龍翁余話(161)「正月飾り」
お正月ともなると、ホテルのロビーやデパートの店内、時には駅の構内、そしてテレビの、どのチャンネルを回しても必ず流れてくるのが『六段の調べ』と『春の海』。これらの曲を聞くと「ああ、お正月だ、新年だ」の気分、雰囲気が高まる。『六段の調べ』は、江戸時代前期を代表する筝演奏家・八橋検校(やつはしけんぎょう)(本名:城秀=1614年〜1685年)の曲。『春の海』は、近代を代表する筝演奏家・宮城道雄(1894年〜1956年)の曲。いずれも世界的に有名な筝曲の名曲。本来は筝(琴)だけで演奏されていたが、近・現代になって三弦や胡弓、尺八、ヴァイオリンなどとも合奏されるようになった。
翁が子どもの頃、意味がよくわからずに歌っていた正月の歌に『1月1日』がある。1893年(明治26年)に文部省で認定された唱歌だ。
♪年の始めの 例(ためし)とて 終わり無き世の めでたさを
松竹立てて 門ごとに 祝う今日こそ 楽しけれ
作詞は、当時、出雲大社の宮司(ぐうじ)をしていた千家尊福(せんげ たかとみ=1845年〜1918年)という宗教家。のちに埼玉県、静岡県、東京府の知事、司法大臣を歴任した政治家でもある。作曲は、当時、東京音楽学校(現・東京芸術大学)教授で宮内庁の楽師を兼ねていた上 真行(うえ さねみち=1851年〜1937年)、『鉄道唱歌』の作曲者としても有名である。それにしても、この『1月1日』は、小学校唱歌にしては、ちょっと重い感じがするが、日本有史以来の国家統一(明治維新)の嵐が治まり、過度の西洋文明の流入を懸念した明治政府は、「西洋に学ぼうとも日本古来の精神を忘れるなかれ」とばかり、やたら、神国・皇国日本の思想を小学校教育の中に採り入れた。国家の思想、教育の基本理念を示した『教育勅語』が発布されたのは、それよりわずか3年前の1890年(明治23年)のことである。この教育勅語の中に謳われている人間教育の基本理念の復活を強く望んでやまない翁であるのだが、それはいずれかの機会に吼えるとして、今の子どもたちは『1月1日』を歌えるのだろうか?と思って静岡に住む同年輩の友人に「あなたのお孫さんたち(中学生2人と小学6年生)、この歌を知っているか、訊いて下さい」とお願いしたところ、何と返事は「孫たちいわく“何それ?”」・・・あ〜あ、またもや日教組の奴ら!と、怒りがこみ上がる、が、お正月だ、正月ぐらいは吼えるのは抑えておこう。
昔も今も変わらないのが門松、注連縄(しめなわ)、鏡餅。
門松(松飾り)は、能・狂言の舞台背景が松であるという理由と同じく、 古くから松の木の梢(こずえ)に神が宿ると考えられていたことから、門松は“年神(としがみ)”を家や会社などの玄関先で迎え入れるための“依り代(よりしろ=神霊が寄り付ける対象物)という意味合いがあるそうだ。
注連縄は、正月に限らず、神社など神域とされる場所、あるいは古木や岩など神が宿るご神体とみなされる物体および周辺で(普段でも)見かける紙垂(しで)を付けた縄、いわば神域と現世を隔てる結界(けっかい)の役割を意味する。正月に、家の門や玄関などに飾る注連飾(しめかざり)も、この注連縄の1つの形態であり、厄や禍を祓う結界の意味をもっている。また、大相撲の最高位の力士だけに締めることが許される“綱”も注連縄である。言うまでもなく横綱は、全ての力士を代表する存在であると同時に、神の依り代であることの証(あかし)とされている。それ故に横綱の土俵入りは、病気・故障などの場合を除き、果たさなければならない重要な責務である。更に横綱は、天下無双の強者、また優れた者という意味の“日下開山(ひのしたかいざん)”とも呼ばれ、それだけに横綱は、その地位に相応しい品格と抜群の力量が求められる。
鏡餅――翁、10年くらい前までは近くの商店街の餅屋から、まあまあのサイズの平たい円餅(2枚重ね)を、玄関を入った所にある書斎(仕事部屋)用とリビング用に2組買って来て、三方(さんぽう=供え物をする台)に半紙を敷き、その上にウラジロ(シダ)の葉を載せ大小の餅を重ね、干し柿、するめ、昆布、橙(だいだい)などで飾り付けることを習慣にしていた。近年は、簡単に飾れる利便性と、後で食べる衛生面を考えて開発された、鏡餅が重なった姿を型取ったプラスチックの容器に充填した飾り餅で間に合わせている。
門松、注連飾り、鏡餅には、ご承知のように“飾る時期”、“下げる(片付ける)時期”がある。門松や注連飾りは、クリスマスが終わった翌日から準備・飾りつけが始まるが、鏡餅は12月28日が最適とされる。何故なら「八」は末広がり、と理由は単純。29日は
「二重苦」に繋がるので避けるほうがいいと言われているが、逆に「29」を「ふく=福」
と読み替えて、この日に餅をつく地域もあるそうだ。翁は、毎年30日を“飾り日”としている。昔から12月31日に飾るのは“一夜飾り”とか「一夜餅」と言って忌避されるが、これは“葬式の飾り(バタバタ飾り)”に似通っているのが理由らしい。松の内とは門松が立っている期間を言い、本来、年神が滞在する7日間が松の内だったが、近年は会社や公共の場所では、仕事初め(5日頃?)はもう門松や注連縄は取り払われていることが多い。一般家庭でも七草粥の日を含め8日まで、あるいは七草の前日(6日)までとする地域もあり、関西地方では15日までを松の内としている(地域もある)そうだから、一定していない。鏡開きも地方によって異なるが、1月11日が一般的だ。
翁宅には門松も注連飾りもない。だが、いつでも神霊や仏霊が立ち寄ってくれるように、玄関を入った所に1年中飾ってある松竹梅のアート盆栽や日の丸が“依り代”の役目を果たしていると思っている。ともあれ平成23年(2011年)が明けた。成るか成らざるか、前号で吼えた“平成維新”、期待もあり期待もなし。あるは読者各位のご多幸と我が身の健康祈願・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |