龍翁余話(134)「ぼうず」
この年齢になって、今更ながら恥ずかしいことだが、何事も、きちんとした結果(成果)を見るまでは、自慢話はおろか、仮想話(タラ・レバ話)などするものではない、という教訓を改めて与えられた出来事があった。
6月7日(月)、3年ぶりに釣りに出かけた。

翁の釣り師匠・Cさんのお誘いだ。行き先は三浦半島の間口港。朝5時半出航とのこと。翁の自宅から現地までは約2時間かかるので当日の朝ではシンドイ。そこで前夜、間口港近くの民宿に泊まり7日の朝5時に間口港に行く。小さな漁港だが組合員は180人いるそうだ。岸壁には数10隻の仕立て船、乗合船が
釣り人を待ち構えている。駐車場では、もうすでに、今日の釣り仲間が準備を終えている。Cさんが以前勤務していた会社の旧同僚たちの“釣り倶楽部”のメンバーだ。翁の知らない人ばかりだが、Cさんの友人、ということで皆が歓迎してくれた。総勢19人、2隻の仕立て船(チャーター船)に“マダイ釣りグループ”(10人)と“アジ・サバ釣りグループ”(9人)が分乗、翁は“アジ・サバ釣り”の船だ。5時半ちょうどに出航。2008年9月の『龍翁余話』(47)「アジ釣り」にも書いたが、元来、船に弱い翁の船酔い防止策・・・船に乗る前は、何も食べない。コーヒーも飲まない。スプーン2杯の蜂蜜と水を飲むだけ、これが、いつもの“おまじない”。ましてや今回は大手術後の船釣り、内心ヒヤヒヤしながらの乗船だったが、天気晴朗、波静かで絶好の釣り日和。この調子だと船酔いの心配はなく、今日は最少でも10尾は釣れるだろう。いや、釣れなければ困る。何故なら、ゴルフ仲間のI君に“7日の夕方は新鮮なマアジとサバを届けるから”と約束しておいたから。翁は魚は捌けないし、生魚(さしみ)も食べない。だから、釣りの時は、獲物はいつもI君に引き取って貰う。I君は根っからの魚好きで自分でも捌く。そのI君と確約した。「10尾以上は届けるよ、楽しみに待っていなさい。アジも逸品だが、間口のサバは松輪サバと言って、大分県の関サバに匹敵する高級サバだ」と、知ったかぶりの講釈までつけて・・・
今日の天候と体のコンディションなら釣果10尾は軽いだろう、と大いに胸を弾ませながらコマセカゴいっぱいのコマセ(撒き餌=アミエビもあるが、今日はイワシのミンチ)をコマセビシ(筒状の金網)に詰めたり、針(2個)に餌(青イソメ)を付けたり・・・翁、イカタン(イカを短冊状に切った餌)は何の抵抗もなく付けられるが、この(ミミズのような)イソメは今でもニガ手、だが、仕方ない・・・そんな準備をしているうちに仕立て船『育丸』(5トン)のエンジンが止まる。いよいよ釣り開始だ。鈴木船長がマイクで「40m」を告げる。左隣のCさんが翁に「43m下げて2,3回竿を上下に動かして、タナ(魚の泳層)にコマセを撒いてから素早く3m上げて“タナ取り”をして下さい」と教えてくれた。この“タナ取り”(魚の泳層に仕掛けを合わせること)のうまい、へたが、釣果を左右する重要なテクニック(技術)だ。おっと、早々にCさんにアタリが来た。ほとんど“入れ食い”だ。見た目30cm。幸先がいい。さあ、いつでも来やがれと翁、竿先と道糸の動きに神経を集中させる。あっという間に2時間が経過した。その間、両隣はそれぞれ2、3尾ずつ釣り上げたが、翁には全くアタリがない。5分間隔くらいで道糸を巻き上げ、仕掛けの餌をチェックしたり、空になったコマセビシにコマセを詰め、また道糸を43m沈めて“タナ取り”をする。何回繰り返しただろうか。でも、いっこうにアタリがない。そのうち“おまつり”が始まった。“おまつり”とは、仕掛けや道糸が他人と絡み合うこと。それをほぐすのが大変だ。

例によってCさんや右隣の人がほぐしてくれたが、度重なると時間がもったいない、ということで、仕掛け部分(糸と針)をハサミで切って新しいのと取り替えることにした。お蔭で仕掛けの取り付けだけはうまくなった。それにしても釣れない。船長が時々、漁場を変更する。その都度、水深が異なる。Cさんに教わった通り、船長が指示する長さより3m長く沈めて“タナ取り“を試みる。それでもアタリが来ない。「今日は、俺は、魚に嫌われたかな」とぼやく。Cさんが「大丈夫、きっと釣れます」と、励ましてくれる。でも、もう4時間経過。Cさんも右隣もアタリが止まった。釣れなければ面白くないし疲れも出る。以前なら”もう止めて帰ろうよ“と言っただろうが(実際には余程のアクシデントが発生しない限り、船は決められた時間まで帰港しない)、このたびは(疲労感はたまったが)不思議なことに嫌気はささなかった。すでに“ぼうず”を覚悟した後は、真夏のような太陽を浴び、心地いい潮風に吹かれ、健康の有り難さだけに浸っていた。睡魔にも襲われた。そうそう“ぼうず”とは(小魚一匹も釣れない)釣果ゼロの時をいう。語源は諸説あるようだが、これまた釣り名人で翁の弟分Sさんが教えてくれた「多くの宗派の僧は殺生(せっしょう)を禁じられている。釣果が無ければ殺生をしなくてすむので、坊主(ぼうず)に譬えたのでは」の説に納得。
さて、陸にあがるや、早速I君に丁重に詫びの電話を入れた。「10尾以上は届けるよ」と、豪語したことを恥じた。するとI君「ゴルフも釣りも自然が相手、そういう日もあります。私の方にはお気遣いなく、どうぞ運転に気をつけてお帰り下さい」優しい男だ、I君は・・・車のエンジンをかけ、車に搭載してあるアマチュア無線機で15分くらいCQ(コール)を発するも各局応答なし。あ〜あ、今日は、海も陸も“ぼうずの日”。あとでカレンダーを見たら、何と6月7日は“仏滅”であった・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |