龍翁余話(128)「こどもの日」
昨日(5月1日)の朝(7時ごろ)、東関東自動車道の『成田』インターを出て(いつもの)ゴルフ場に向かう途中のこと、運転して貰っているM君や同乗のC君に「鯉のぼりを見かけたら撮りたいので・・・」と(停車を)お願いしておいたのだが、まったく見かけない。
「少子化で、鯉のぼりを掲げる家も少なくなったのでは?」とM君、そうかも知れない。
ところが、幟柱(ポール)が立っている農家を2〜3軒確認した。「朝早いので、まだ掲げていないのでしょう。もしかして帰る頃には」というC君の一言に期待してゴルフ場へ。ゴルフコースの周辺には農家が点在している。“1軒くらい鯉のぼりを掲げている家があるのでは”と微かな期待を抱いてカメラ持参でプレーした。「あった!」林の向こうに、チラッと鯉のぼりが見えた。プレーを中断して急いで林を抜け、出来るだけ鯉のぼりに近づこうとしたが小高い土手と柵に遮られ、近づけない。仕方なくズームで被写体を引き寄せシャッターを切ったが、生憎の無風で鯉のぼりは垂れ下がったまま、勢いが無い。これでは絵にならないと諦め、ハアハア息を切らしながらプレーに戻る。幸いに、後ろのチームは、まだ到着していなかった。
さて、ゴルフの帰り道、C君の予言通り、農家の庭先に、翁のイメージ通りの鯉のぼりを見ることが出来た。イメージ通りとは・・・子どもの頃歌った唱歌『こいのぼり』
♪ 屋根より高い 鯉のぼり
大きい真鯉(まごい)は お父さん
小さい緋鯉(ひごい)は 子どもたち
おもしろそうに 泳いでる |

翁、子ども心に、この歌に疑問を抱いていた。それは、何故、お母さん鯉が歌われていないのか、という点である。それとも、翁は知らないが、2番、3番の歌詞があって、その中にお母さん鯉が登場するのだろうか、ご存知の読者がおられたら教えていただきたい。もし、お母さん鯉が歌われていないとすれば、翁、作者には申し訳ないが、
♪ 屋根より高い 鯉のぼり 大きい真鯉は お父さん
綺麗な緋鯉は お母さん 小さい鯉は 子どもたち
みんな仲良く 泳いでる |
と、したい。お母さん鯉がいて家族円満(家族仲良く)が成り立つ、と思うからである。さて、この唱歌の作者・近藤宮子(1907年〜1999年、詩人・随筆家・童謡作家、広島市出身)は、この歌を1931年(昭和6年)に作ったのに“作者”として認められていなかった。「世に歌い継がれていくなら、私の名はどうでもいい」という宮子の謙虚さが災いして長年、別人の名が登録されていた。しかし、1983年(昭和58年)宮子76歳の時、裁判を起こし、その後“別人”が上告しなかったので、10年後の1993年(平成5年)にようやく“作者”として法的に認められた、という珍しいケース。当時、翁もこの話題(裁判)に強い関心を持っていたので、近藤宮子の名は印象深い。なお作曲者は不明。近藤さんは1999年(平成11年)92歳で亡くなられた。
別の『鯉のぼり』(1914年、大正3年、弘田龍太郎作曲)がある。
♪ 甍(いらか)の波と雲の波 重なる波の中空(なかぞら)を
橘(たちばな)香る朝風に 高く泳ぐや 鯉のぼり |
『甍』とは屋根瓦のこと。屋根瓦が連なる家々の間から、たなびく雲に向かって泳ぐ雄大な姿に男児の逞しい成長を託して歌っているのだが、子どもにはかなり難しい歌詞(作詞者不明)だから、戦後は近藤宮子の『こいのぼり』の方が親しまれている。弘田龍太郎は1892年(明治25年)高知県安芸市出身、1952年(昭和27年)に死去(享年60)。他に東くめ作詞、滝廉太郎作曲の『鯉のぼり』の歌があるそうだが、翁はその歌を知らない。
それよりも翁にとって子どもの頃の兄との思い出に繋がる懐かしい歌がある。『背くらべ』(作詞・海野 厚、作曲・中山晋平)
♪ 柱の傷は 一昨年(おととし)の5月5日の
背くらべ 粽(ちまき)食べ食べ兄さんが
計ってくれた 背のたけ・・・ |
家の中の柱を傷つける訳にはいかないので、庭の物干し台の木の柱に小刀で印をつけ、毎年、兄と背のたけを計り合ったことが懐かしい。
作詞の海野 厚(うんの あつし)は1896年(明治29年)静岡市の生まれ。北原白秋に認められ童謡作家に。3人の妹と3人の弟がいたが、中でも17歳下の弟・春樹を可愛がり、『背くらべ』は春樹の気持ちを詠ったものだと伝えられている。1925年(大正14年)没、享年28.彼の母校である静岡駿河区の西豊田小学校には『背くらべ』の歌碑が建てられている(写真は、駿河区在住で翁と親友のMさんにお願いして提供していただいた)。
ゴルフの帰り、隅田川のレインボーブリッジを渡る時、遠くに『東京スカイツリー』(現在の高さ約360m)が見えた。翁が呟いた「あの頂上に、日本一でっかい埼玉・加須市(かぞし)の“100メートルの鯉”を泳がせたら壮観だろうね」に、M君もC君も無言だったが、翁、本気で建築主(東武鉄道、東武タワースカイツリー株式会社)に申し込んでみようと思った(但し、今年の5月5日にはもう間に合わないから来年に期待?)。
近くの戸越銀座商店街に、この時期だけ、特別に柏餅や粽(ちまき)を売っている米屋がある。後刻、買ってきて母と兄の遺影に備え、3人で遠い遠い『こどもの日』を語り合うことにしよう、それもまた楽しきかな・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。
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