龍翁余話(118)「歌舞伎座」
久しぶりで銀座に出たついでに歌舞伎座まで行って写真を撮った。今の建物が5月に壊されるというので、名残り惜しさもあってカメラに収めたのだが、この場所には今まで何10回訪れたことだろう。観劇はごく数回、建物見物が圧倒的に多かったのだが・・・
九州など地方から上京する親しい知人や外国からの友人などを案内する東京観光の1つに歌舞伎座がある。特に日本の伝統文化に興味を持つ外国人をガイドする時は、歌舞伎座へ行く前に総武線両国駅の傍(国技館の裏)にある『江戸東京博物館』へ案内することにしている。館内の模様はご存知の方も多かろうが、常設展示は、お江戸日本橋(当時の姿を縮尺再現した)を渡って直ぐに江戸時代ゾーン。ここには江戸城下の武家屋敷や長屋、商家、庶民(町人)の日常生活、町火消しなどのレプリカ(模型)や実際に使われた道具、資料が展示されていて歴史好きの翁は、何回来ても(見ても)あきない。そのゾーンの中に、町奉行所に認められた歌舞伎小屋(劇場)“江戸三座”(中村座、市村座、森田座)の1つ『中村座』の縮尺小屋がある。これがなかなか見ごたえある建物だ。そこの舞台で歌舞伎十八番『助六』を演じている役者(初代市川團十郎?人形)の前で記念写真を撮る観光客が多く、順番待ちをしなければならないほどの人気の場所。歌舞伎が珍しい外国人などはキャアキャア言いながら、入れ替わり立ち代りでシャッターを切る。このあと、常設展示ゾーンは明治の文明開化、大正ロマン、昭和(戦争の傷跡)と続くが(省略)、『中村座』の余韻が冷めないうちに、翁、客人たちを銀座の歌舞伎座へと案内する。やはり、本物に接する外国人たちの目は一段と輝く。
タイミングが合えば、一幕を見ることもある。彼ら(外国人たち)は、内容も分からないはずなのに大いに感激する。実は翁、彼らを歌舞伎座に案内する時は、歌舞伎の歴史、歌舞伎の代表的な演目、歌舞伎演技法、歌舞伎舞台(構造)の特徴、歌舞伎座の沿革などを友人の英語の先生に簡単に英訳して貰った“虎の巻”のコピーを、観劇の前(あるいは建物を見物する前に)彼らに渡すことにしている。その時、翁はお断りする「質問はしないこと。私は歌舞伎の知識は浅いので、日本語でも答えるのが難しいから」それでも彼らは容赦なく質問を浴びせてくる。“知ったかぶりが仇となる“見本だ、と苦笑すること度々。
“知ったかぶり”の出始めは歌舞伎の起源だ。今から407年前の1603年、出雲阿国(いずものおくに=出雲大社の巫女?河原者?)が京都・北野天満宮でその時代の流行歌(はやりうた)に合わせた踊り(能狂言)を披露したのが歌舞伎の始まり、とされている。歌舞伎研究家で千葉大学名誉教授だった故・服部幸雄博士は『歌舞伎成立の研究』の中で“阿国の歌舞伎元祖説”には真っ向から反対しているが、翁、“阿国が歌舞伎元祖”という俗説が分かり易く面白いので、その説を支持し“虎の巻”(英文)にもそう解説してある。
現在の歌舞伎座――今から121年前の1889年(明治22年)に開場、以後、火災や震災、戦災に遭い、1951年(昭和26年)に現在の建物が完成したのだが半世紀を超えた今、老朽化や不便性などが問題となって、今年の5月から取り壊し(再建工事)が始められることになった。そこで“今の歌舞伎座”をカメラに収めておきたい、ということで出かけたのだが、翁、正面と同様に横道から見るクラシックな雰囲気も好きだ。外からは見えないのだが“歌舞伎稲荷大明神”という小さな社(やしろ)がある。お稲荷さんは、もともと農業、商業の神様、今では五穀豊穣、商売繁盛、家内安全のほか芸能上達の守護神としても信仰されているそうだから、歌舞伎座の敷地内に祀られているのも頷ける。
さて、歌舞伎座の建て替え計画は、現在建物(和風桃山様式建築)が登録有形文化財であることや愛着派への配慮から、建て替え後も外観は(現在と)変わらないし瓦屋根や欄干なども今の具材を出来るだけ再利用する、そうだ。内部も基本的には大きな変更はなく、客席数も現在の1860席、学生や外国人に人気のある一幕見席(4階)も残すとのこと。大きな変更は女性トイレ不足の解消、狭い客席の改善のほか全体的にバリアフリー化や耐震、防災、エコ面での充実を図るとされている。そこまではいいのだが計画では歌舞伎座(地下1階、地上4階)の後方に、何と地下4階、地上29階建て、高さ135mの高層オフィスビルが建つ。この時代、しかも東京の1等地を有効活用したい施主(松竹株式会社、株式会社歌舞伎座)の考えも理解できるが、果たして完成時(2013年春)どんな姿の歌舞伎座がお目見えするのだろうか、やはり気になる。気になる、と言えば、(それほど熱心な歌舞伎ファンでもないのに)新歌舞伎座が完成するまでの歌舞伎公演はどうなるのだろうか、と心配して松竹に直接問い合わせたら「新橋演舞場で年間11ヶ月歌舞伎を上演するほか、国立劇場や明治座などでも上演要望をいただいているので全体の公演数は従来と変わらない」そうだ。
歌舞伎座の正面に設置されている「歌舞伎座さよなら公演」4月興行まで“あと何日”を刻むカウント台の前では記念写真を撮る人たちが後を絶たない。翁も、これまで何10年もの間にこの場所に一緒に来た多くの友人知人の顔を思い浮かべつ、少し感傷的な気分に浸りながら最後のシャッターを切った・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |