龍翁余話(108)「音楽の都ウイーンを謳う」
先週の日曜日(12月6日)、東京・代々木上原の『けやきホール』(古賀政男音楽博物館)
で、音楽家の熊坂良雄・牧子夫妻が主宰する『ミューズ熊坂音楽スタジオ』主催のコンサートが開かれた。今回は“日本オーストリア交流年2009”認定事業と銘打っての“ウイーン・スペシャル”である。1869年(明治2年)、日本とオーストリアは修好通商航海条約を締結し両国交流の歴史の幕が開かれた。今年は140周年記念年・・・良雄さんの明快な司会(解説)でコンサートは始まる。
オーストリア政府統計局の資料によると、在留邦人は約2000名と、それほど多い数ではないが、年間約28万人の日本人がオーストリアを訪問している。そのほとんどがオーストリア東部のドナウ川沿いに位置する首都ウイーンだ。全人口(約810万人)の約20%(約170万人)を占めるウイーンは言うまでもなく“音楽の都”。明治時代のピアニスト・バイオリニストの幸田延(1870−1946)以来、大正・昭和・そして平成の現在に至るまでウイーンに学んだ日本の音楽家は多く、熊坂夫妻も共にオーストリア国立ウイーン芸術大学に留学した。良雄さんの解説は、当然、ウイーンの音楽家の話が中心となる。
18世紀から19世紀にかけてウイーンにはハイドン、モーツアルト、ベートーヴェン、シューベルト、ヨハン・シュトラウス親子などそうそうたる名音楽家たちが生まれ、移り住み、才能を競い合った。“交響曲の父“でありオーストリア古典派音楽の雄ハイドンは、7歳から10年間ウイーン少年聖歌隊に加わったが、苦学して音楽論を学び作曲家に転じた。そのハイドンに才能を激賞されたモーツアルトは、3歳でハープシコード(チェンバロ)、4歳でバイオリンを演奏し、5歳ですでに作曲したという天才、のちに皇帝ヨーゼフ付きの宮廷作曲家となるが、誇り高き彼は皇帝の庇護を離れ、芸術家としての良心の赴くままに不朽の名作を多く残し、35歳の若さでこの世を去った。
ベートーヴェンもハイドンとの縁が深い。ボン(ドイツ)生まれの彼は宮廷楽団のビオラ奏者として名を馳せていたが22歳の時ハイドンと出会い、ハイドンの勧めでウイーンに移住、音楽史上に残る数多くの作品を手がけた。また、歌曲の王シューベルトは11歳でウイーンの王室神学校の宮廷礼拝合唱団に入り神童としての名声を得たが、16歳で初めて交響曲を作曲、父の学校の補助教員のかたわら病魔と貧困に喘ぎながら31年の短い生涯で、翁の大好きな『アヴェ・マリア』をはじめ600曲を超す歌曲を後世に残した。シューベルトが天才作曲家としての評価を得たのは彼の死後のこと。「それにしても当時の音楽家たちは皆、貧乏でした。今の私のように」という良雄さんのジョークに客席は爆笑の渦。
ワルツの父ヨハン・シュトラウス(1世、2世)の親子関係の話も面白いが、スペースの関係で割愛。ただ、2世はブラームス、リスト、ワーグナー、オッフェンバックらとも親交を結び、特にオッフェンバックの勧めで後年はオペレッタをも手がけた。毎年1月1日に行なわれるウイーン・フィルハーモニー管弦楽団の『ニューイヤーコンサート』ではシュトラウスのワルツやポルカが演奏され、その映像は日本をはじめ世界中に配信されている。そしてこの演奏会では、アンコールの3曲のうち2曲目に『美しく青きドナウ』(ヨハン・シュトラウス2世)を、最後に『ラデツキー行進曲』(ヨハン・シュトラウス1世)を演奏するのが慣わしとなっている。そのほかウイーンと言えばウイーン少年合唱団や国立オペラなどが日本人に親しまれており、さらに日本が誇る世界的指揮者・小沢征爾氏は2002年からウイーン国立歌劇場の音楽監督を務めている(2010年まで)・・・と、良雄さんの絶妙な司会(解説)と並行してステージでは熱演が展開する。
第1部では熊坂牧子さん(ソプラノ)と子息・正美さん(バリトン)がモーツアルトの『クローエに』と「魔笛」より『恋を知る者は』を、熊坂良雄さん(バリトン)がベートーヴェンの『キス』、『思い出』を、梶沼美和子さん(メゾソプラノ)がシューベルトの『鱒』、『糸を紡ぐグレートヒェン』を熱唱、高桶純子さんと上野範子さんのピアノ演奏も聴衆をうならせた。第2部では『鐘がリンリンと鳴って』、『きよしこの夜』などが次々と歌われたが、圧巻はシュトラウス2世の代表的オペレッタ『こうもり』より“チャルダッシュ”、優雅なウインナワルツの旋律に乗って演じる牧子さんの美しいソプラノと軽快な振りに聴衆は完全に魅せられた。そしてフィナーレは出演者全員による『美しく青きドナウ』・・・会場いっぱいが、ウイーンの響きに包まれた。
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(左から高樋、上野、牧子、梶沼、正美、良雄の皆さん) (終演後の牧子さんと良雄さん)
“音楽の都ウイーンを謳う”に充分な構成・演出・演奏で“ウイーンが見えた”コンサートであった。良雄さんの分かり易い解説で有名音楽家たちのことが少し学習できた。本来、クラシック音楽に疎い翁だったが、熊坂ご夫妻のお陰で、歌詞(原語)が分からなくてもその空間に身を置くことの心地よさを覚えるようになったのは幸せだ。「煩悩を ワルツに乗せる 師走かな」・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |