龍翁余話(105)「着物の心」
純日本的な物を見ると、直ぐに“日本精神”だとか“日本伝統文化”に結びつける。それが翁のいいところ(自賛)。『着物』もその一つ。さほどの知識はないが、とにかく着物姿が好きだ。国籍不明のカッコウをした茶髪の女の子が着物を着た途端“ヤマトナデシコ”に変身する。かように着物は“日本人”を象徴する伝統衣装だ。翁も、たった1着だが長着(着流し)と我が家の家紋(剣方喰=けんか たばみ)入りの羽織を持っている。若い頃、母にプレゼントして貰ったものだが、近年、着る機会がないので紙製の衣装箱に入れっ放し。もしかして虫食いが起きているかもしれない。物を大事にするくせに、手入れの仕方や仕舞い方を知らない。これでは大事にしている、とは言えないかな?
先日、友人Rさんに誘われて『ザ・きもの博』を見に行った。場所は東京・目黒雅叙園。エントランスの廊下の脇に設けられた小池の淵に、まるで平安絵巻を思わせる絢爛豪華な着物が4着展示されているのに目を奪われた。『ザ・きもの博』のプロローグに相応しい、なかなかの演出だ。
会場の正面は、まず『巨匠展』――人間国宝・久保田一竹の“辻ケ花”に圧倒される。“辻ケ花”は桃山時代に花開き、江戸時代に忽然と姿を消した幻の染物。それ

を一竹が新たな技法で蘇らせ、独自の美の世界を造り上げた至芸。案内のFさんに「これ、いくらするの?」と訊ねたら「売り物ではありませんが、値を付けるとしたら、多分、億の単位でしょう」とのこと。これはもはや単なる着物ではなく美術品だ。一竹さんはフランス芸術文化勲章シュバリエ章を受章したり、スミソニアン国立自然史博物館(アメリカ)で個展を催すなど欧米でも高い評価を受けた。(2003年、85歳で他界)“一竹辻ケ花”の隣りに友禅の森口邦彦、刺繍の福田喜重、羅・経錦の北村武資ら巨匠(いずれも人間国宝)たちの作品が並ぶ。翁には、それぞれの解説を行なう知識はないが、至高の芸術作品に接し、身震いするような感動だけは覚えた。
Fさんに京友禅と加賀友禅の(それぞれの)特徴を教えて貰った。白地に花鳥風月などの模様を染め上げ、その華やかさを強調するのが京友禅。加賀友禅の彩色は蘇芳(すおう)・
藍・黄土・草・古代紫の“友禅五彩”を基調とし、その技法は江戸時代からの伝統が引き継がれているとのこと。展示されているそれぞれの作品を見て、翁は、華の都を謳歌する京友禅、しっとりと落ち着いた加賀友禅、つまり”動“と”静“の印象を受けた。
ところで、翁、だいぶ以前に某きもの学院を取材したことがある。「日本には、茶道や華道という“道”がある。いずれも5百年、6百年に及ぶ風雪の中で磨き上げられた日本固有の文化だ。ならば、装い(着物)にも“道”があっていいのではないか。装いの文化は普段の生活の中で祖母から母へ、母から娘へと、着物の着方や仕舞い方、礼儀作法までも伝えられてきた。しかし世の移り変わり(西洋化)によって、その文化は次第に消え去ろうとしている。日本独自の文化を消滅させてはいけない。『着物の心』すなわち愛・美・礼・和を次世代へ、更には後世へ伝え続けなければならない」という理念で創設された学校だ。
確かに、着物には美しさのほかに優しさがある。和みもある。そして幾つかの礼もある。それらは人間にとって不可欠の“徳”とも言える。『ザ・きもの博』に集う和装のスタッフ、見学者の会話や動きを見て、そのことを改めて痛感した。
“山形・米沢織”の展示場を覘いた。『余話』で何回か取り上げた大河ドラマ『天地人』が、
米沢を舞台に、いよいよエピローグを迎えた。米沢織は景勝、兼続の時代からの主要産業。江戸時代中期、上杉鷹山(上杉藩第9代藩主)の時代に隆盛を極めた。自然の素材(絹糸)を自然の染料で染め上げ(草木染)、織り上げるという伝統技法は今も変わっていない。出展している織物工房のスタッフが言った「主役の妻夫木聡(兼続)さんと北村一輝(景勝)さんに、米沢織をプレゼントしました。ドラマの中で着てくれると嬉しいのですが・・・」
多分、着てくれたのではないだろうか、もう、とっくに撮影は終わっているが・・・
さて、『ザ・きもの博』会場の目黒雅叙園は、リニューアル(1991年洋館増築)以前の木造館時代、純日本庭園をはじめ、国の有形文化財に登録されている“百段階段”は“昭和の竜宮城”とも呼ばれ、太宰治の小説『佳日』にも登場している。翁、実はこの“百段階段”へ行くのは初めてだ。階段廊下の南側には7つの部屋があり、各部屋の天井や欄間には、有名な画家たちが創り上げた究極の美の世界がある。それを見たくて訪館した。ところが、何ということか、その“究極の美の世界”の中で『假屋崎省吾の世界展』がおこなわれているではないか。これでは、せっかくの新旧の芸術が殺し合いをしていることになる。何で、この有形文化財の場所でやるのか、主催者(目黒雅叙園)と出展者(假屋崎)の無神経さに呆れる。假屋崎作品も損をした。「凄いねえ、あの絵、誰の作品だろう」と、假屋崎作品の隙間から天井や壁面の絵画を覗き込む見学者。「ここは別世界、まるで皇族か大名の部屋のようだ」と部屋そのものの造りに興味関心を抱く見学者。正直、翁自身、假屋崎作品がどんなものだったか全く記憶に無い。
ともあれ、友人Rさんのお陰で『ザ・きもの博』で着物の奥の深さを知り“愛・美・礼・和”の『着物の心』を実感することが出来た。これから正月くらいは、母からの贈り物・長着に袖を通し“日本人”に浸りながら、亡き母に愛と礼を尽くそう・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |