龍翁余話(62)「天皇杯・全日本レスリング選手権大会」
未曾有の経済危機に襲われ、緊急対策の知恵も出ず、コップの中でウロチョロするばかりの無能な政治屋どもによって政治も経済も人心も混迷を深めるばかり。その煽りを喰らって会社倒産、生産(削減)調整、リストラ、内定取り消し、派遣社員の首切り、おまけに詐欺や殺人事件など暗い話ばかりで終わりそうな年末、何かスカッとする話題はないものかとエッセーのテーマを探していた矢先、親友のCさんから『天皇杯・全日本レスリング選手権大会』の観戦に誘われた。『龍翁余話』(44)「戦場にかける橋“最後の巡礼”」など、これまでに何回かご登場いただいているCさんは青山学院大学レスリング部のOB。卒業後40年近く経っても、なお後輩たちから“面倒見のいい兄貴(オジサン)”と慕われている男。大会は12月21,22、23日の3日間。そこで翁、エッセーを書く都合で今日(21日)を希望、朝9時過ぎ、JR原宿駅でCさんと待ち合わせ、東京・代々木第2体育館へ向かった。前号の柔道に続いて、また格闘技の話だが、お付き合いのほど・・・
翁、実はレスリングをほとんど知らない。プロレスは神戸(中学〜高校)時代、力道山を街頭テレビで観たことはあるが、以後、ナマは勿論、テレビでも観たことがない。プロレスのファンには申し訳ないが、ショー的要素が濃い(と思える)ので好きになれない。しかし本日のレスリングは、ショーではない。純粋なスポーツだ。しかも“天皇杯”の冠がつく。“にわか学習“によると、日本のレスリングの歴史は、84年前の1924年(大正13年)のパリ・オリンピックに参加した内藤克俊選手に始まる。彼は米国留学中にレスリングを習い、フリースタイルのフェザー級で3位に入賞した。初参加の銅メダルだから日本中が驚き、沸いた。その後、故八田一朗氏(日本レスリングの育ての親、元日本レスリング協会会長)らが、1931年(昭和6年)に早稲田大学にレスリング部を創設、これが日本におけるレスリングの本格的なスタートとなった、そうだ。
“レスリングをほとんど知らない”とは言うものの、近年、オリンピックで女子レスリングの活躍が目覚しく、翁、オリンピック種目の中で柔道と女子レスリングは必ず観るようにしている。だから吉田沙保里、伊調千春、馨の姉妹、浜口京子らの試合をナマで観たい、と思っていたのだが、残念ながら彼女たちの試合は、22日、23日(伊調姉妹、浜口は欠場とのこと)。しかし、本日行なわれる女子51kg、59kg、67kg級でどんなスターが生まれるか楽しみだ。もちろん、男子でも期待の選手は多い。Cさんの後輩・長谷川恒平(グレコローマン55kg級)の出場は23日だが、本日出場するグレコローマン84kg級の尾曲伸之祐(10月の全日本選手権で優勝)と同120kg級の河野隆太の両選手がCさんの席に挨拶に来た。ついでに翁も紹介された。礼儀正しい若者たちだ。これで翁の応援対象が決まる。
試合開始前にCさんからレスリングのスタイルとルールを学ぶ。女子は『フリースタイル』
だけ。男子は『フリースタイル』と『グレコローマンスタイル』。『フリー』は手足など全身を使って闘う。『グレコローマン』は足を使ったり、相手の足を攻めてはいけない。上半身(肩と腕)の力と力の闘い。試合時間は2分。相手の両肩をマットにつけた瞬間、フォール勝ち。ほかには、相手の背後に回り(1ポイント)寝技に持ち込む(1ポイント)、立ち技から相手を投げて肩を90度以上マットに近づける(3ポイント)など、ルールや判定法を教えて貰った。翁のようなシロウトには難しい、と思ったが、観戦しているうちに何となく審判員になったような錯覚を覚えるから不思議だ。やはり、ナマはいい。
熱戦が展開した。柔道の時もそうだったが、
観ている翁、力が入ってかなり疲れる。期待の尾曲選手は残念ながら2回戦で敗退したが、河野選手は3位に入賞した。素晴らしいのは、たとえ敗れても全力を出し切って闘った充足感だろうか、彼らの表情は、清々しい。まさにスポーツマンの顔だ。
資料によると、アマチュアレスリングは世界最古の歴史を持つスポーツ。紀元前2800年頃エジプトでレスリングが行なわれていたという。レスリングの「レスル(wrestle)」は、1人対1人が組み合って闘うという意味だそうだ。だから、ルールの遵守はむろんのこと、相手に対する礼儀、敗者への思いやりなど高邁な人間性が求められる。勝てばいい、というものではない。マナーの具現がそのスポーツ(技)をより美しくする。本日の観戦で、そのことを実感した。それは、柔道も相撲も剣道も空手も合気道も同じ。スポーツすべてが体力・技術とともに人格が加わってこそ一流の競技者と言えるだろう。こう書いているうちに、国技の最高位にふさわしくない男の顔が浮かんできた。
Cさんのおかげで爽やかなひと時を過ごせた。が、帰路、頬をかすめる師走の冷たい風で厳しい現実に引き戻された。政府はウロチョロした挙句、ようやく『生活防衛のための緊急対策』を発表した。「国民生活の不安を取り除く。とりわけ、年末を控え、雇用と企業の資金繰りを最重要課題として取り組む」とある。遅いよ、麻生さん、もう年末は終わるよ!手を打つのが遅すぎるが、今からでもいい、一日、いや、一刻も早く“実行”しなさい。政治家は、マスコミ的評論は不要、行動あるのみだ。ところが、せっかく行動しようとする首相の足を引っ張る輩が自民党に多すぎる。引っ張られる首相も軟弱だが、間隙を縫って勢力を強めようと企む連中の何と見苦しいことか、情けない。彼らに本日のレスリングを見せたい。ルールやマナーを守り、全身全霊をかけて闘う選手たちの美しい姿を見せたい。政治家たちよ、いつまでもコップの中の争い(党利党略=私利私欲)を続けていると、いずれ、国民からフォールされる(落とされる)時が必ずやって来るよ・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |