――― 前号よりの続き ―――
戦前の教育を受けた日本人は教育勅語という道徳と教育のよりどころがありました。この教育勅語の根底には天皇主権主義(君主主権)があり、日本を全体主義・軍国主義国家に導いたこの思想は戦後徹底的に排除されました。国民主権の民主主義に生まれ変わった日本として、それは当然の成り行きであり正しいことでした。
しかし、この教育勅語の排斥によって国民主権、民主主義のもとでも通用すべき普遍的な道徳・倫理までもが破棄され、タブー化されてしまっています。教育勅語の文章から天皇主権主義的な表現を取り除いてみると以下のように読めます。
(前略)我が臣民(しんみん)、克(よ)く忠に克く孝に億兆(おくちょう)心を一(いつ)にして世世厥(そ)の美を濟(な)せるは此れ我が国体(こくたい)の精華(せいか)にして教育の淵源(えんげん)、亦(また)実に此に存す。爾(なんじ)臣民(しんみん)、父母に孝に、兄弟に友に夫婦相(あい)和し朋友(ほうゆう)相信じ恭儉(きょうけん)己れを持し、博愛衆に及ぼし學を修め業を習い以って智能を啓発し、徳器を成就し、進んで公益を広(ひろ)め、世務を開き常に国憲を重んじ国法に遵い(以下略)
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【上記の部分の現代語訳例】:(前略)我が国の国民が、国家にまごごろを尽くしながら、また両親を大事にしながら、皆が心をひとつにして、先祖代々国を美しく保って来たのは、我が国の国柄の神髄であり、教育の根源も、実にここにある。あなた達国民は、父母を大切にし、兄弟に友人に夫婦共にむつまじくし、友人と信じあい、慎み深く自分を見つめ、全ての人々に対して優しい心を持ち、学問を修めて業を習い以って智能を啓発し、自らの才能を発揮し、自ら進んで公益を広め、世の中の努めを果たし常に憲法を重んじて国法に遵い(以下略)。《「世の中よもやま研究所」平田裕英氏訳による》 |
この文章の中にも「爾(なんじ)臣民」、「国体の精華」など、必ずしも現代に則しない表現が散見しますが、これら不適切なものを現代的に改めれば、決して捨て去るべきものではなく、これこそ今の世の中に欠けている理念を端的に示しているものばかりです。どうも私達は戦争という悲劇に懲りて、日本古来の美風まで捨て去ってしまったようです。
昨年末、安倍内閣のもとで成立した新教育基本法では旧法になかった道徳教育について、前文に「公共の精神」を尊ぶことが掲げられ、第2条において「教育の目標」として「豊かな情操と道徳心を培う」ことなど、育成されるべき国民の姿が示されたが、これが国民の意識にどれだけ伝わっているかはなはだ疑問です。
私がここで「教育勅語の復活を!」などと主張すると、曲解・誤解され、時代錯誤もはなはだしいと非難されそうですが、教育勅語がダメならせめてそれに代わる具体的な国民的規範をみんなで考える必要があるのではないでしょうか。
河合将介(skawai@earthlink.net) |