11月に入ったとたん、この間までハロウイーン用のパンプキン(かぼちゃ)を売っていた街角の広場ではもうクリスマス・ツリーを並べています。ショッピング・モールをはじめ、商店街は既にクリスマス商戦に突入、賑やかです。クリスマス・年末に賭ける小売業界の意気込みを感じます。
消費者側の私たちも年末モードに入っています。私のような閑人ですら日程表には通常の予定の他に早くも忘年会のスケジュールが入りはじめました。
シニア年齢の私など近ごろ物忘れが多くなり、何も改めて“忘年会”などといわれなくても昨日の出来事すら忘れがちです。毎日が“忘日会”だとつまらぬ自慢をしています。
半分以上は私の負け惜しみかも知れませんが、人間が過去の出来事を忘れることは天が私たちに与えてくれた、生きるための智恵だと思っています。
第一、人が一生の出来事をすべて覚えていたらたいへんです。
私自身、過ぎし人生のほとんどは、どうでも良いこと、無意味なこと、出来たら忘れたいことの連続であり、これだけは一生の記憶に留めたいと思える有意義な出来事なんぞ100のうち1つか2つあるかなしです。
今、私が厚かましくも平気な顔してこの世で生きていられるのは自分にとって都合の悪い記憶を忘れているからです。
“物忘れ”は人生にとってネガティブ(マイナス)要因なのではなく、前向きに生きるための大切な要因なのだと考えたらいかがでしょうか。忘れることによって“忘却力が充実した”と胸を張って自慢するのです。
前に書いたことがありますが、“物忘れが多くなった”という後向き発想を“忘脚力が充実した”という前向き発想に変えただけで人生は180度変わります。“忘脚力が充実”すれば
次のようなメリットを享受できます。
(1)過去のいやな思い出を忘れられ、未来思考の人生が開ける。
(2)過去の事は忘れているので 常に物事が新鮮に見え、新しい感動を得られる。
例えば、以前読んだ推理小説でも推理の「種あかし」を忘れているので、何度読んでも新鮮な感じで読める。1冊で何度も読書を楽しめ、経済的だ。
(3)過去にとらわれない発想が出来る。等々です。
人間が一番幸せなのは“時を忘れ、我を忘れている時”と言われています。私もせいぜい“忘脚力の充実”に専念し、有意義な人生を続けたいと思っています。
これからの忘年会も前向きに生きる為の智恵なのだと理解し積極的に参加しよう。――― “忘れ上手こそ生き上手”――― 負け惜しみ人生躍如のコメントでした。
河合 将介(skawai@earthlink.net)
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