私たちの仲間、若尾龍彦さんから次のようなメールを受信しました。
――― JACAL第201回、2006年7月例会のお知らせ ―――
1987年に勉強会・JACALを始めてから200回が過ぎました。来年で20年、あっという間でした。早いものですね。
200回を重ね7月度はお祝いを兼ねてBBQとしましょう。裏庭でビールやワインを片手に今までの会を振り返って語り合うのも一興です。
(開催記録: http://www.wakao.com/wai/wa/log.php )
また、200回達成を記念して皆さんのコメント (祝辞)を募りたいと思います。 E-mail
で結構です。是非事前に若尾までお送りください。よろしくお願いします。―― 若尾 龍彦 |
若尾さんが主宰する月例勉強会「JACALの会」が先日(6月11日)に200回目を迎えました。振り返ってみると私が日本企業の駐在員として当地(ロサンゼルス郊外)に赴任した1985年直後にスタートしたのがこの会でした。
私は若尾さんとは早い時期からのお付き合いでしたが、私が会の発足第一回に出席したかどうかは記憶になく、定かではありません。でも、少なくとも現在の会員の中では(若尾ご夫妻を除いて)私が最古参メンバーだと思います。――― 尤もこの会にはOB会が日本ほか各地にあるそうで、OBメンバーを含めれば私が最古参と名乗る資格があるかどうか・・、でも自称真面目なメンバー(?)の私は何度も主催者(若尾さん)から「年間皆勤賞」を受賞しているので、“最古参”がダメなら“最多出席者”の方なら間違いないと自負しています。
若尾さんのホームページ内の「JACALの会」の案内には次のように記されています。
『JACAL会は、「会員が、日頃の仕事や諸々の雑事を忘れて、社会的地位や看板を外し、みんなで集まって一緒に食事をし、一杯飲みながら、全員が対等の立場で、異なった人の異なった意見や見方にふれて行く」楽しい会です。我々がLAに済んでいるため、話題は自然、日米関係、特に日本とカリフォルニアが話題の中心になります。そのため、JAPANとCALIFORNIAを合成し、JACAL会とネーミングしました。』
そして会の目的については次のように書かれています。
1.
「会員が、日頃の仕事や諸々の雑事を忘れて、社会的地位や看板を外し、みんなで集まって一緒に食事をし、一杯飲みながら、全員が対等の立場で、異なった人の異なった意見や見方に降れて行く」楽しい会を作る。
2. 会を通じて、各界の人々の異なった意見、異なった見方、新しい知識に触れ、見識を高めると共に自己を磨く
3. 「大量生産、大量販売の工業化社会の後にはどのような社会が出現するか」を予測する
4.
上記のために、政治経済はもとより、各国の歴史、文化、習慣、宗教、教育、法律、税制まで各人の意見交換や議論を通じて掘り下げる
5. 会得した知識、見識を外に紹介するように努力する。
会員相互の懇親を図るため、配偶者を含め、年一回忘年会または新年会を開く。 |
原則として毎月一回開催されるこの会は出席メンバー全員が人間として対等の立場で、時々のトピック(テーマ)についてある時は大所高所から、また、あるときは日常体験をもとに持論を展開し、自己主張できる場となっています。
相手の立場を理解しながら話を聞くことの難しさを毎回実感し、いつも恥ずかしい思いをしている私ですが、この会を通じて学ぶことが多くありました。
これまでの過去200回で取り上げられたテーマは上記「開催記録(ホームペジ)」の通りで、「日米関係とその歴史」「米大統領選挙」「中東問題」「日本国憲法」「教育のあり方」「年間予測」「医療保険、年金制度」などなど、いつもトピカル(時局的、時宜を得た)話題をテーマにオープンな議論を重ねてきました。
私にとって毎回のテーマはどれも興味のあるものばかりでしたが、中でも1993年のテーマだった「日本改造計画(小沢一郎)」読書会、1992年の「LA暴動の影響と今後のアメリカ」、2002年の「ユダヤ教にみるセダカの思想(ヘンリー幸田氏)」などが、なぜか強く印象に残っています。
上記「開催記録」一覧表によると、私も講師(というより担当という程度ですが)18回登場させてもらいました。いろいろ調べて皆さんに発表し、ご意見をいただき大いに勉強させていただきました。
さて、今回、この文の冒頭に載せた若尾さんからのメールで「200回達成を記念して皆さんのコメント
(祝辞)を募りたいと思います」とありましたので、私は早速次の通りメールを発信しました。
祝、JACAL 200回突破。『飛躍(百)に飛躍(百)を重ねた(二百回)のJACALに乾杯! これからは飛躍(百)の三段跳び(三百回)に向かって活発に議論しよう!!』 河合 将介(skawai@earthlink.net)
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