Zakkaya Weekly No.242 Ryo Onishi 20世紀最終号 12/31/2000 雑貨屋のひとり言ついに20世紀最後の日が来ましたね。この記念すべき世紀の区切りの日に雑貨屋を発行できるなんて感動しています。1996年5月以来、毎週、ニュースレターの編集・発行をさせていただいているなかで継続することの難しさや素晴らしさを学ぶことができました。そして雑貨屋を通じてみなさんと生活の一部を共有できているようでうれしく思っています。これも投稿者の皆様と読者のお陰だと心から感謝しております。21世紀もどうぞ雑貨屋をごひいきにお願いします。みなさんよいお年をお迎え下さい。(R.O.)
あ 〜ア、終わっちゃうの?
2000年12月31日、とうとう20世紀も余すところ、たった一日残すのみです。このまま何もせず、じっとしていれば新しい世紀は確実に私のところにもやって来ます。
今日までの人生と明日からのそれとで、何が違うのかと言っても、別に物理的に何も変ることなどない筈ですが感慨無量です。
今日も太陽はいつものように西へ沈み、そして明日はいつものように東から昇る。小鳥がさえずり、人々が生活する。それだけの事でしょう。
でも私は何か、気になります。今日までにやるべき事で、やり残した忘れ物があるような気がしてなりません。
ある人は、そんな感傷は何の意味もなく、ほんの小さな“心の世界”の問題だと言っています。
そうかもしれません。人間、特にキリスト教の世界が勝手に作った十進法の西暦で、たまたま区切りの世紀(100年)と千年紀が終わり、そして次が始まるだけの事なのですから。
しかし、日本やアメリカをはじめ、多くの国が西暦という暦を採用し、歴史が作られ、語られている現実を考えた場合、世紀の変り目を必ずしも“心の問題”とだけ簡単に片付ける訳にもゆかないように思います。
私達は、時代の呼び方が変ることで、ひとつの区切りをつける癖があります。使用中の暦の世紀というのは、たいへんな区切りです。
今からほゞ100年前の1901年、ノーベル賞が設置されました。1903年にはライト兄弟が初飛行に成功し、飛行機時代の幕開けになりました。
一方、ポーランドのワルシャワで生まれたキュリー夫人は、1898年、夫のピエール・キュリーとともに、放射性元素のラジウムを発見し、原子力時代の幕を開けました。エジソンがシリンダー方式(錫箔を巻き付けた銅製の円筒)のレコードを発明したのは1877年です。
私達、後世の人間は原子力時代の幕開け(キューリー夫妻のラジウム発見)やエジソンのレコード発明を19世紀の偉業と称え、飛行機時代の幕開け(ライト兄弟の初飛行成功)やノーベル賞の設置を20世紀の出来事として捉えます。
キューリー夫妻のラジウム発見(1898年)とライト兄弟の初飛行成功(1903年)との、わずか5年間の差は、“世紀”という単位で捉えると、前者は19世紀で後者は20世紀の出来事となり、その差はたいへんなものです。
私がかつて勤務していた日本のS社(時計会社)は1969年12月、世界初のクオーツ式(水晶発振式)腕時計を開発・発表し、発売をした会社として誇らしい記録を残しています。
この世界初のクオーツ腕時計の発表に関してこんな社内エピソードがあります。
私達のS社は、東京オリンピック(1964年10月)の計時を担当させてもらえる事になり、自ら開発したクオーツ式・クロノメーター(水晶発振式卓上計時時計)でオリンピックの計時を完璧に成し遂げ、世界に名をあげることが出来ました。そしてS社は、その余勢をもって次にクオーツ式腕時計の開発に取り組みました。
現在のような腕時計用I.C.などなかった時代ですから、大きな卓上時計は作れても腕時計のような小さな時計の量産は当時としては至難のことでした。
そのため、腕時計という小さな容器に超小型トランジスタを無数詰め込んだり、開発陣の苦労は並大抵のものではなかったようです。
それでも1969年末には、なんとか世界初のクオーツ式腕時計は完成に近づきました。
開発担当者としては、翌1970年正月を期してこの世界初の新商品を発表する考えでした。
その時、会社のオーナー会長から厳命が出ました。それは、「万難を排して新商品は年内に発表すべし」と言うものでした。
オーナー会長の“鶴の一声”をうけ、会社は全員一丸となって、それこそ“万難を排し”年末(1969年12月25日)発表を実現させたのでした。
S社がクオーツ式腕時計を発表したのち、日本を中心に世界のウオッチ産業界は次々と同じ方式の腕時計を発表し、その後数年を経ずして時計は在来の“歯車、ゼンマイ方式”のものから“クオーツ方式(水晶発振式)”に急展開したのです。
結果として、我らがS社は『世界初のクオーツ式腕時計の開発会社』という名誉だけでなく、その上に『’60年代における唯一の』という冠まで戴き、歴史に残る事になりました。
発表がわずか一週間遅れたら『’60年代・・』ではなく、その他多くの同業他社と同じ『’70年代』になる訳で、そうなれば後世に伝わる時計の歴史文献には「腕時計のクオーツ化は 1970年代に S社を始め、多くの時計会社によって開発が進められ・・」としか記されないかもしれません。たかが“1週間の差”がこんなにイメージを変えるのです。
企業のオーナー、責任者と言うものは、このような長期戦略的発想をするがゆえに存在意義があるのだと私が学んだエピソードです。
(因みにその時発売された“世界初のクオーツ式腕時計<アキュトロン>の小売価格は1個40万円でした)
私が20世紀に別れを告げるにあたって“何かやり残した忘れ物があるような気がする”と思ったのも、ただ単に世紀の変わり目の感傷だけでなく、他に先駆けて“20世紀にスタートした何か”が欲しいという思いなのかもしれません。
私達は20世紀中に『雑貨屋』という素晴らしいものをスタートさせています。
20世紀から綿々と続いている『雑貨屋』が次の世紀に入っても、自信と誇りを持っていつまでも続いて欲しいと心から願っています。
そして『雑貨屋』のメンバーである事を私は20世紀に生きていた、ひとつの証(あかし)としたいと思っています。
世紀の変わり目です。20世紀さん、ご苦労様でした。そして21世紀さん、間もなくお会い致しますが、どうぞよろしくネ。
河合将介( skawai@earthlink.net )
さくらの独り言 「生きている!」
「闇は光にうち勝てなかった」と、今から2000年以上も前のその昔、神が光と闇、そしてこの世を創った時から語り継がれている。どんなに深い闇であれ、光りがあれば闇は闇でなくなる。どんなに小〜さな光りでも深い闇を照らす。新世紀を迎えようとする今、2000年もの間、いやそれ以前から変わらず存在するものに思いを巡らしている。日々目まぐるしく移り行くスピード時代に生きている私たちにとって変わらぬ光りとは何かと、たわごとを呟いているさくらである。
NASA 宇宙センターから送信された闇中の地球を観る。サテライトが各々の地域が闇の時を撮影した組合せ写真だ。その闇の中に、人が作った光を観ることができる。ヨーロッパ、米国東海岸、そして日本から放たれる光りの強さが印象的だ。光の度合いが強い地域は、人口密度や開発度の高さに比例している。その多くは河か海に面しており、古代から人が産業開発を中心とした生活に根ざしたことを物語る。幽かにシルクロードも確認できるこの写真は、なかなか興味深い。
一方、アフリカ、中南米、そしてオセアニアを含む東南アジアは、極端に光りが少ない。しかし、何故か私の目にはそれがなんとも美しく感じ、地球という星の息吹が聞こえてきそうだ。更に、藍く深い海洋と真っ白な両極の世界は、まるで神が創った世界上に人が勝手に作った光りの総ても包んでいる様で、歓喜を誘う。「地球が生きてい!!!」っと、感じる。新しい世紀になろうがなるまいが、「生きている!」と静かに激しく語る地球を観る。そして人が作った光りが消え失せても、また新しい世紀が巡るのだろうかと、遠い世界を想う。
(参照:http://antwrp.gsfc.nasa.gov/apod/ap001127.html)
世紀の移り変わりのこの時に、私たちはたまたま生きている。その中で、たまたまあなたと出会った。たまたまこうしてつぶやいたわたしの独り言を、たまたまあなたは読んでいる。全てがたまたまの中での出来事なのだけど、実は凄く意味あることなのだ。何故なら、互いに「生きている」からあり得ると言う、大層不思議で素晴らしい出来事の上にのみ成立している事実だから。新しい年の豊富を語る前に、まずは生きている事実を実感し感謝する新年からスタートしたい。地球は生きている、人が作った光も闇も呑込みながら。だから私も生きるぞっっと、20世紀最後のさくらの独り言!
―これからの時期に欠かせないお話し―
年末になってきましたねぇ〜、早いものです..ウンウンッ..。
..っと、しみじみしている場合ではないほど慌ただしい毎日をおくっていらっしゃる方も多いと思いますが、その反面、この時期の楽しみといえば、そうですっ、忘年会。
年を忘れると書いて忘年会..いいですねぇ..僕なんか、年を忘れるどころか、飲んでた時の事をも忘れちゃいます。
そして襲ってくるのが、『二日酔い』。
飲み過ぎた翌朝なんかは「あ゛〜、も゛〜絶対サケやめる〜..。」っとなるのですが、晩には朝とは全く他人の自分が酒飲んでますねぇ。
さてこの『二日酔い』、原因は〈アセトアルヒド〉っという物質。
これは体内に入ったアルコールの分解過程で生まれる猛毒物質なのだそうで、飲み過ぎや、肝臓がお疲れの時は〈アセトナルヒド〉の分解が遅れ、生き残った〈アセトナルヒド〉が血液を利用して体内を駆け巡り、やがて脳に到達して、頭痛や悪酔いを引き起こすんですってーっ。
じゃぁ、どうすれば『二日酔い』しなくなるの?なんですがーっ、
まずは普段の食事から、肝臓の機能を高めるものを摂ります。
それは良質タンパク質。
豆腐、チーズや焼き魚。などなど。
牡蠣、イカ、タコなど、タウリンが豊富で効果大。
枝豆、ゴマ、うずらの卵、お蕎麦などはシスティンを多く含み、強力です。
勿論、おつまみもこれらを意識して摂るようにすれば良い、っという事になりますねぇ。
また、お酒を飲む前にビタミンB1やビタミンCを摂っておけば、お酒によって吸収を妨げられる事なく、アルコール代謝の手助けをしてくれます。
もし、『二日酔い』になっちゃってもこれらを摂れば解消でき、皆さん既にご存知でしょうが、柿やリンゴなんかの果糖を摂れば効果的ですねぇ。
..僕は梅干に緑茶かな..、あとは酢を飲む事。これ、目が覚めますよーっ。
前回でもお伝えしましたが、先日、シアトルに行ってきました。
スゴイ活気があって、パワーのある街でした。
古くからあるピザ屋や、地ビールの“PIKE ”パブに行き、なんとも言えない雰囲気に感動し、球場を見ては「おぉー、ササキだイチローだぁー」っと、まったくのオノボリのカッペ(イナカッペ略)状態でした。
日系社会も大きいそうなので、是非度々仕事と称して訪れたいなぁ..っと思っています。皆さんも機会があれば是非!
さて、今年も皆様にたいへん御世話になりました。
何度くじけそうになったやら..こうして投稿できるのも、皆さんのおかげでございます..。
来年は2001年宇宙の旅です..皆さん、良いお年をお迎え下さい。
そして、来たる21世紀も是非、宜しくお願い、お頼申しま〜す。
蒔田 龍人
健康の方程式 西尾 誠一郎
「21世紀に生きる若い君たちへ − なぜ数学は大切なのだろう」
最近、中3や高1のお子さんを持つお母さんたちと個別に話し合う機会がありました。
皆さん小学生のお子さんを公文に入会させようとして教室に来られ、私から「公文は最終的に自学自習で高校教材を解くことによって自分の能力を自分で高めることを目標としています」と言われ、「えっ、公文って幼児や小学生が行く計算練習の塾では?」と驚かれたのです。 いずれも日本から来られたばかりのお母さん方でした。
そこで今回は何のために数学を学ぶのか考えてみましょう。 というのは、こういう話を生徒や父母の方々とする時、私は一番元気がでて、教師を辞めて公文の指導者になって本当に良かったと思うのです。
1.数学嫌い(勉強嫌い)が増えている。
日本の中2の、塾を含めての校外勉強時間は調査対象39カ国中、31位。
(1980年代の調査では1位)
* 中1の学校の授業時間数は諸外国が年間平均130時間なのに対し、日本は年間99時間で先進国中最下位。
数学が嫌いと答えた中学生の割合は調査41カ国中、第2位。
(国際教育到達度評価学会1994〜95年の調査より)
2000年の12月の新聞報道によると、1981年の中2の理数のテストで世界1位だった日本は、今回は数学5位、理科4位と順位を下げています。数学嫌いは依然第2位です。
2.なぜ数学を学ぶのか
小学校は数の四則計算の訓練をする唯一の機会を与えてくれる。
分数計算ができない大学生が増加していると聞いています。 上記の統計もそれを裏づけています。
私は18年間LAでたくさんの中高生に診断テストをしてきましたが、彼らの90%以上が分数計算ができません。 その原因は小学校での計算練習不足にあります。 計算練習は体で憶えるぐらい練習が必要になのです。 電卓やコンピューターをいじることばかりに時間をとられて、計算練習を軽視してはならないのです。 では、それは何故でしょうか。
四則計算は物事を論理的に考える訓練をする最初の機会
統計が示すように、今の日本の子供たちは勉強時間も授業時間も世界で下から数えるほうが早く、数学(勉強)嫌いな子が増えています。 2002年に週休2日制が本格的に導入されると、もっと授業時間は減らされます。 時間がとれないので計算練習はますます軽視されるでしょう。 そうなるとますます勉強嫌いは増えていきます。何故でしょうか? 小学校で算数が好きという子は、間違いなく計算が速く、正確な子なのです。ですから、計算練習を上手にさせて計算を速く、正確にすると子供たちは算数に自信を持ち、好きになります。
そしてその効用はそれだけではありません。 四則計算(特に分数の四則計算)を修得する過程で、論理的に物事を考える訓練をしているのです。 小学校で学ぶ数の四則計算は、中高校で学ぶ数学の理論的基礎になるのです。 四則計算ができなければどんな理論も始まらないのです。
3.なぜ、中学・高校の数学が大切か
数学は論理的に思考能力を養います。 数のルールに従って理論的に考えて、正しい答えを導き出していきます。 その訓練は世の中に出て色々な問題にぶつかった時、結果から原因を突き止め、解決方法を見出す「問題解決能力」を育ててくれます。世の中に出て、世のため人のためになる仕事をする時、この力は決定的に大切になってきます。
4.高校教材を自分で解けることの大切さ
皆さんは「数学ほど自由な学問はない」と言われると少し奇妙な感じがしませんか。 数学とは公式を当てはめて決まった答えを見つける勉強、と考えている人には“自由な学問”なんて言われると妙な感じがするでしょう。 でも、本当に数学ができる人は非常にユニークで自由な発想ができる人なのです。 数学には答は一つと決まっていても、そこへ至る道はいろいろあるのです。 そして自分のやり方を見つけるには自分でいろいろ解いていかなければなりません。 高校数学までは答えは用意されています。 しかし、世の中に出てぶつかる問題には答えは用意されていません。 ですから、「数学=論理」だけでは不充分になってきます。それには「数学=論理+直感」が必要になってきます。 小さい時から四則計算の答がパッとひらめくようになるまで訓練し、微分積分まで自分で何度も解いていくことによってこの「直感」が鍛えられてきます。 そうして問題解決能力を養うことが数学を学ぶ目的なのです。 先生に解き方を習うだけではこの「直感」「ひらめき」は磨かれません。 皆さんも数学を自分で解いていくことによって問題解決能力を高めていき、かけがえのない人生を自分の力で切り拓いていきましょう。
川 柳 & コ ン ト (東京・成近)
( 川 柳 )
新世紀に向け老眼の度を合わす
新世紀どこまで僕の万歩計
21世紀やっぱり愚夫愚妻
誕生の児の手しっかと新世紀
「戦争」を死語にと願う新世紀
( コ ン ト )
「松井選手、年俸5億円」
打って、守って、走ってかい?
―賞金14億円のオペラオ―
「米大統領訪朝断念」
大統領はともかく、米は歓迎なのに−北朝鮮
「1年で25%下落」
竜頭蛇尾 −株価
(東京・成近) E-mail
kawaiai@mx2.ttcn.ne.jpあっこのおいしいロサンゼルス――レストラン案内
「MAKO」―――力強さを味わう
225 S. Beverly Drive Beverly Hills CA 90210 Tel 310‐288‐8338
店の名「マコ」はオーナーシェフ田中誠さんの名前から。かつてロサンゼルスを代表するレストラン「スパーゴ」、「シノワ・オン・メイン」で腕を振るってきた彼が、自分の名を掲げたレストランをビバリーヒルズにオープンしたのは2000年1月。以前からのファンはもとより新しい味を求める人たちの舌を満足させている。
田中さんが作り出す味は力強い。まず頭で考え、素材を見てさらにイメージが湧くという。味はもちろん、素材、ソース、盛付け、そのどれからも料理人の情熱が伝わってくる。「視野が広く、どんな味でも溶け込みやすいアメリカでお客さんに喜んでもらう。他では食べられないトレードマークディッシュを創って行きたい。」と意欲的。
一方でその力強い味を引き立てる店のインテリアはとてもさわやか。「カジュアル&クリーン」をモットーに田中さん夫妻のラッキーカラー、明るいゴールドとブルーを活かしている。
料理のコンセプトは「アジアン/メディテレニアン」。アメリカにある素材を使い、アジアやイタリアのスパイスで一皿ごとに違う味を創り出す。異なった素材がソースによってまとめ上げられ、その一体感は絶妙。
アぺタイザーの「マコ・ダック・パドタイ」($11.25)はスパゲティーをタイ風の麺にしたもの。果物のライチーを組み合わせた「フォアグラのソテー」($21.50)や「クリスピーオイスターとビートのサラダ」($12.50)も人気。
アントレの「ウォック・ソテー・シーバス」($24.50)はマリネして余分な脂分を落としたスズキのソテー。酸味のあるサンドライドトマトのソースには隠し味の柚子の香りがする。組み合わせはピリッとしたイタリアンブロッコリー、きのこ、さやえんどう。盛付けは葉蘭を敷いた和風の皿に。
「グリルド・フィレミニョン」($28.50)は醤油ベースのソースを使う。他に「リゾット」($24.50)、「ロブスター」(30.50)も人気。また「おまかせメニュー」($65.00〜)はその日の良い材料を懐石風に6〜7種類のコースにアレンジ。
最後に一言アドバイス。マコの料理が持つパワーに元気付けられること間違いなし。ただし、食べる側もそのパワーに負けないように。
新世紀も目が離せないレストランになりそうである。
予約が望ましい。日曜休み。ランチは水曜から金曜の午前11時半から午後2時まで。ディナーは月曜から土曜の午後6時から10時まで。
「コント、読み違い??」(その76)「終わり」に関するジョーク
(1)2000年12月31日、20世紀が終わります。日本の友人から受信したメールによると、世紀末の記念すべき日を、どこか特別な場所で過ごそうと考えた結果、名古屋市へ行くことにしたそうだ。その“ココロ”は ―― 尾張(おわり)名古屋。
(2)因みに、ロサンゼルスに住んでいる私達夫婦は、“世紀の日没”を“Sunset Blvd.(サンセット大通り”の終点の海岸で眺めることにしたいと思っている。
(いや、最後の夢を託して、ラスベガスへ行くのもいいかな? ―― でも、あの街の入口には、大きな看板が立っていて、そこには“Welcome<ウエル・カモ> to Las Vegas”と書いてあるからなア)
―― 羅府の庄助さん ――
新作「いろは歌」 新作「いろは歌」(その13)
☆花の色(99.4月作)
花の色 見る間に褪せぬ ひと こぞりて別れゆく
詠む・打つも冴えず落ち目 老ゐ臥し 骨だけへ消ゑやらん
(はなのいろ みるまにあせぬ ひと こそりてわかれゆく
よむ・うつもさえすおちめ をゐふし ほねたけへきゑやらん)
【小野小町の歌のまねをしていたら、こんなになりました。わざと暗くしたのではありません。落(を)を使ったのはインチキぽいです。打つは、カルタのつもりです】
――― T. H. ―――
昨日、今日と愛用のPCが立ち上がらない事態となり、今世紀最後の発行が・・とちょっと心配しましたが、なんとか立ち直り、こうやって編集しています。PCの調子が悪くなってきたら、ダウンする兆候です。バックアップとハードディスクの再フォーマット化、そしてハードディスクの増設をする予定です。来年もPCをパワーアップして雑貨屋を発行します。
皆様からのおたよりをお待ちしております。
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Zakkaya Weekly No.242
雑貨屋 店主 大西良衛
zakkaya@news.email.ne.jp