Zakkaya Weekly No.239 Ryo Onishi 12/11/2000 雑貨屋のひとり言
- 先日、通勤電車で会ったスイス人の方と今朝また会いました。握手をしてお互い自己紹介をしました。彼の名前はMatさんです。(Eメールアドレスも交換し、雑貨屋も紹介しました。読めるかな?)
以前からの友人のように楽しく話をしました。あっという間の20分でした。また会おうと言うことで、別れましたが、今度会ったら何を話そうか今から楽しみです。
ことば”を楽しむ(その2)
- 先週の日曜日、アメリカンフットボールの試合を観に行きました。ルールがわかるととても面白いゲームです。ゲームもいいんですがチアガールの応援がすばらしくついついそちらの方に目が・・応援していたチームは負けたのですが、チアガールが最後、涙を流して、みんなに応援ありがとうと言っているのを聞いて感動してしまいました。(R.O.)
――― 以下、前々号よりの続き ―――
次に、『ことば』という“言葉”の意味を調べて見ましょう。これも、およそ、わざわざ辞典でその意味を調べる人など先ずいないでしょう。
『ことば』の定義についての各国語辞典の説明は、前記Zakkaya Weekly、No.153に書きましたが、改めてその部分を転記してみます。
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*辞典(A)、@人の音声の意味をもっているもの。また、それを文字にあらわしたもの。言語。(以下略)
*辞典(B)、@声や文字が一定の意味と結びつき、自分の考えや気持ちをあらわすための、また、相手のそれを理解するための、手段として使われるもの。言語。(以下略)
*辞典(C)、@人間が思想・感情を音声や文字を使って表わすこと。言語。(以下略)
*辞典(D)、なし
【(A)岩波書店広辞苑(第二版)、(B)三省堂国語辞典(第二版)、(C)講談社国語辞典(新 版)、(D)角川新字源】
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私達は、何気なく“ことば”を話し、書き、聞いていますし、それに何の疑問も感じずに生活していますが、改めてその“ことば”というものを定義しようとすると大変です。
上記の各国語辞典の説明を読んでみて、改めて言葉で“ことば”を説明することの難しさを感じます。(例えば、音楽で“音楽”を説明する ――、絵で“絵”を説明する ―― エッ(絵)?ナンチャッテ。―― 難しいですよね)
音楽を使って“音楽”について語ったり、絵画で“絵画”を語ろうとしても、それは無理で、聞く人、見る人は、それらはあくまでも音楽とか絵画でしかなく、それ以上のものは出てきません。
同じように言葉を使って“ことば”の意味を説明するのも至難の技という事なのでしょう。
次に、今度は『右』という単語を辞典でひいてみます。
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*辞典(A)、(1)北を向いた時、東にあたる方。(2)上位。上席。(3)昔、左右に分れた官職の右の方。(以下略)
*辞典(B)、(1)日の出るほうへ向かって、南のほう。(以下略)
*辞典(C)、(1)東に向かって南のほう。(以下略)
*辞典(D)、(略)(5)西。(以下略)
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上記の(A)から(C)までの辞典は『右』の意味について、『北』を基準にして『右』を説明したり、また、『東(又は日の出)』を基準にしたり、まちまちです。
でも、『右』という単語には、上記“辞典(D)”にも記載されている通り、古来から方角の『西』という意味もあったようです。
となると、『右=西』、即ち、『右』とは『南に向かって西の方』とするのが正しいような気がしますが如何なものでしょうか。
なお、前記の井上ひさし氏も『右』について、各種の国語辞典の解釈を紹介しています。この他に次のようなものがあるそうです。
- 普通の人が箸や金槌やペンを持つ方。
- 身体の心臓のある方の反対の方。
- この辞典を開いて読む時、偶数ページのある側をいう。
(辞典が自分を教材にして、『右・左』を教えてくれているなんて、たいしたものです)
『右』や『左』について、いくら詳しく理屈を述べたところで、右は右、左は左であり、「この右は良い右で、あの右は悪い右」などというものはありえないのだから、考えてみると、どうでも良い事かもしれません。――― 以下、次号へ続く ―――
(以上、井上ひさし氏「ユーモアと言葉」講演録から一部引用しました)
河合将介( skawai@earthlink.net )
さくらの独り言 「星」
星を観た。東京で星を観たのは、初めてだった。東京の空にあんなにくっきりと星が存在するなんて、驚きだった。自分の住む高層マンションの群れの合間の、遥か彼方から放たれるその清き輝きに、不思議なほどの癒しを受けた。いつもの様に会社から帰る、夜も更けた東京の、冬の始まりの時だった。自分が久しぶりに「上を向いて」歩いたことに気が付いた。その瞬間、くっきりと輝く星がダブって見えた。溢れる涙が空の星に負けない位、降ってきた。
「星は何でも知っている〜夕べあの子が泣いたのも〜」、「星より密かに、雨より優しく〜」、「星降る夜は〜」、「〜星のフラメンコ〜」等など、昔は星の歌が多かったと思い出す。地下鉄を降りて地上に出るまでの数分間、「今日は星が見えるかな」と、まるで会いたい人に会えるかもしれない時の様に心をときめかす。そして時々、地下鉄の駅から外に出て玄関ロビーまでの約10分、星の歌を探している、星が見える夜もそうでない夜も。そして家が近づき、最初に星を観たあのつま先あがりの地点に立つと、つい坂本九の「上を向いて、歩こう、涙がこぼれないように〜」と歌ってしまう。
旦那が大学院で博士号取得に専念していた頃、私達は片道2時間、往復4時間の所へバイトに出かけた。朝5時に家を出ることも珍しくなく、時に帰りは11時になることもあった。朝は地平線に登る太陽に向かって、夜中はミルキーウエイ(天の川)の絨毯の真下を、「いつかきっと」という想いで過ごした。1週間8ドルで生活した頃のことだった。車を停め、そのまっ平らな地に立ち、手を伸ばせば触れられそうな星の空に、地球の丸さを見たものだった。あの頃が懐かしい。あの頃観た星の数や空の大きさと、東京のそれは全然違う。でもそれは私にとってどうでもいい。東京で星が観れたこと、それだけでいい。
吹き飛ばされそうな強風の日、街行く人は肩をすぼめる。私は嬉しくなって胸を張る。「今日も星が見える!」と、心の中で叫んでしまう。強風で雲やガスが吹き飛ばされ、澄んだ東京の空に星が生まれる。何万光年も向こうの星から、不思議な想いを届けてくれる。人の命の短さやはかなさも、だからこそ面白いと思えることも、忘れていた自分に光をともしてくれる様な、そんな気がする。『上を向いて歩こう〜涙がこぼれない様に〜』と、時には泣きながら、時には笑いながらの、星を観たさくらの独り言。
マキちゃんの健康のお話 −イカスいいお話し−
川 柳 & コ ン ト (東京・成近)皆さんのなかでも、特に女性の方は思い当たる人がいらっしゃるであろう、『胃下垂』。
「あぁー、お腹イッパイィー。」とか言いながら、おへその当たりや、その下、いわゆる、「そこは違うだろぅ?」という箇所を手でパンパンやっている人を僕もお見掛けします。
これは胃の細胞が弾力を失って、古くなったゴムみたいに緩んでしまって、落っこちちゃってる状態なのですねぇ。
カリウム分が多く、ナトリウムやカルシウムの不足が主な原因。
この種の方は大抵、甘いもの、水っぽいものが好きで、運動やマッサージをすれば、すぐ吸収するのですが、運動不足の方はねぇ..。
..っで、どうするのかーっ、と、言うとーっ、
天突き運動。
足を開いて、両腕をガッツポーズを開いたようにして、そのままグゥーっと沈み込んで、今度は両手両足をビンッと伸ばしきっちゃう、全身をつかった屈伸運動です。(カエルの様に、といえばわかりやすいかな?)
これが胃下垂にはヒジョーに良く効くらしく、一日に200回位やって、一ヶ月程で胃下垂というより、内臓下垂が治っちゃった人もいらっしゃるそうです。
また、ヨガの逆立ちも良いんですってー。
いずれにせよ、継続は力です、一回や二回じゃぁ治りませんねぇ。
気になっていらっしゃる方、お試しあれ。
話しは変わりますが、仕事で16、17日の2日間、今、話題のシアトルに行ってきます。
勿論、マリナーズの球場も見てくる予定でいますので、次回はその報告をチョットしてみたいと思っていまーす。(乞うご期待)
蒔田 龍人 office MAKITAwww.makita1.com
( 川 柳 )
流行を着せても父の古い靴
酒場まで杓子定規を持って行く
胃カメラに保証をされた胃が軽い
カーナビはいらぬこの道進むだけ
一年の無沙汰に喪中葉書来る
( コ ン ト )
「相撲の決まり手が82手に」
あれ"ごり押し"がない −自民党各派閥
「長野県政オール野党」
見通しがいまいち−ガラス張り知事室
「橋本氏が次々に注文」
目の上のリーゼント−森首相
(東京・成近) E-mail
kawaiai@mx2.ttcn.ne.jp「コント、読み違い??」(その73)イチロー遂に大リーグへ
遂にあの野球のイチロー選手が大リーグ“シアトル・マリナーズ”へ入団する事になりました。
イチロー選手といえば日本のプロ野球で7年連続首位打者とか、その他、素晴らしい記録を持つ大物選手で、私達同じ日本人として、彼のアメリカ大リーグでの活躍を大いに期待したいところです。
ところが、どこからかこんな声も聞こえてきたんですネ。「イチロー君よ、アメリカの水はそんなに甘いものじゃあないぞ。君は他人の5倍、10倍なんてものではなく、一万倍努力しなければ、私のような後世に名を残す大物にはなれないぞ!」
そんなことを言うのは、一体誰だろうと思ったら、嘗て150年以上も前、日本人でアメリカ本土に最初に滞在したといわれた、ジョン・万次郎でした。(こちらはイチロウ、あちらは万次郎と言う訳でした)
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(注):ジョン・万次郎について
ジョン・万次郎という人は、今から150年ほど前の土佐(高知県)の人で、彼が14才の時に仲間と漁に出て、嵐で遭難し、アメリカの捕鯨船に救助され、アメリカ(マサチューセッツ州、フェアヘブン)に来た人です。万次郎はそこで学校に通わせてもらい、教育もうけました。彼はアメリカ本土に滞在した最初の日本人として良く知られています。
後に彼は日本へ帰り、幕末から明治新時代にかけて、日本の開国と文明開化のため、たいへん貢献しました。
―― 羅府の庄助さん ――
新作「いろは歌」 新作「いろは歌」(その10)☆犯人は誰(99.4月作)
跳ね美人集まり 茶会を褒めて終えむも
誰ぞに聞こゆ 喰ゑぬ屁の様子 笑ゐ避けろと皆伏せる
(はねひしんあつまり ちゃかいをほめておえむも
たれそにきこゆ くゑぬへのようす わらゐさけろとみなふせる)
――― T. H. ―――
ロスの紀田さんは先日、LA空港でイチロー選手夫妻を見たそうです。
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Zakkaya Weekly No.239
雑貨屋 店主 大西良衛
zakkaya@news.email.ne.jp