龍翁余話(583)「アロハシャツ」
近年、夏場にアロハシャツ(ハワイアンシャツ)を着ている人を見かけることが多くなった。日本では昔は、アロハシャツ姿はチンピラか遊び人、つまり、まっとうな生き方をしている人間が着るシャツではない、と思われていた。“やくざ映画”、“青春映画”が全盛の頃、石原裕次郎、小林旭、渡哲也、津川雅彦、勝新太郎、田宮次郎、梅宮辰夫、松方弘樹、菅原文太らが着るアロハシャツ姿はなかなか見栄えは良かったが、所詮、アロハシャツは“不良”をイメージするコスチューム。故に翁は、若い頃、アロハシャツ姿を嫌っていた。
そのアロハシャツが、日本の都市部で次第に普及し始めたのは、アメリカのテレビドラマ『サーフサイド6』(1961年〜1963年)や『ハワイアン・アイ』(1963年)、プレスリーの映画『ブルーハワイ』(1962年)の、登場人物たちが着こなすアロハシャツ姿が実にカッコよく、日本の若者たちを魅了したからではないだろうか。それでも1970年代までは、アロハシャツを着るのはレジャーの時とか旅行先(観光地)くらいで、普段、街中や公的な場所での着用は少なかったように思う。
1980年代に入ってアロハシャツは若者よりもむしろ中高年の間で流行るようになって来た。
若者が派手なアロハシャツを着ると、やはり“不良”っぽく見られがちだが、中高年が着ても誰も“不良”とは思わない。と言うか、若者はTシャツやジーパンのようなシンプルな服装でも“若さ”で映えるが、中高年になると哀しいかなメタボ(おなかの出っ張り)を隠すようなシャツを選ぶようになる。ゆったり目のアロハシャツはメタボ隠しにはもってこいだ。翁も(ガン手術後の)70歳を過ぎた頃からおなかを気にするような体躯になり、(思えば)その頃から夏場の普段はアロハシャツを着ることが多くなった。最初の頃は、多少の気恥ずかしさはあったものの、いつの間にか“慣れ”が“平気”にさせてくれる。以後、夏季の散歩や買い物の時は、アロハシャツと短パン姿がラクでいい。今(それほどハデハデではないが)以前ハワイで買ったアロハシャツを10着くらい持っている。
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開襟アロハシャツ |
ボタンダウンアロハシャツ |
ハワイの人たちは、男女ともプライベートで普段“開襟アロハシャツ”を着るし、ホテルやレストラン、航空会社など接客業でも(ユニフォームとして)女性は“開襟”を、男性は“ボタンダウン”を着用しているのをよく見かける。そう言えば、男性は冠婚葬祭など公的な場所で着るアロハシャツは“ボタンダウン”が常識的になっているようだ。しかも柄や色もTPO(時・場所・場合)を考えて選ばれている。(写真はインターネットから)
ところで、ハワイ・オアフ島のホノルルから車で約30分、内陸へ走った所(Waipahu)に約150年前、日本・韓国・中国・フィリピン・ポルトガルなどの国々から移住してきた人たちが暮らした家や仕事道具・家財道具など当時の生活様式を展示した『ハワイ・プランテーション・ビレッジ』と言う歴史資料施設がある。翁、20数年前にこの村を見学したことがあるが、その時、ツアー・ガイド(初老の日系人)から「アロハシャツの起源には諸説あるが、日本の着物が起源である説が有力」との話を聞いた。そのガイドさんの話によると「19世紀の終わりから20世紀の初めにサトウキビ畑やコーヒー園で働いていた日本移民(1世たち)は低賃金で生活が苦しく、着る物もままならず、日本から持参した着物を再利用して作業着、生活着を作った。その再利用の1つに(ヨーロッパの船員たちが着ていた開襟シャツ)“パラカ風シャツ”があった。日本の着物の柄の美しさと絹や木綿の生地の肌触りの良さに魅かれた現地の人たちが(日本移民に対して)「キモノ・シャツを売ってほしい」との依頼殺到、現地の人たちの間で流行り出したのが起源である」――
この話を聞いて翁“なるほど、そうだったのか”と思い出したことがある。翁がハワイ旅行をし始めた最初の頃(約40年前)、現地の友人(日系3世)の奥さんから「日本の着物(古着)が入手出来ないだろうか」の相談を受けた。帰国後、九州の母にその旨を話したら「私の着物でよければ」と2枚提供してくれ、それをハワイへ送った。翌年、ハワイへ再訪した時、友人が“着物柄”のアロハシャツを着ていた。それはなかなか見栄えのいいシャツだった。友人いわく「このシャツ、見覚えありませんか?」翁、見覚えがあろうはずはない。友人は笑って「Ryuさんのお母さんからいただいた着物でワイフが作ってくれました」その時は、翁はまだ“アロハシャツの起源が着物”であることを知らなかったが『ハワイ・プランテーション・ビレッジ』のガイドさんの話を聞いて“ああ、そうだったのか”と気付かされた次第――
ところで翁、以前(ハワイの友人から)「アロハ」の意味を教えて貰ったことがある。普段は「こんにちは」「さようなら」などの挨拶言葉だが、実は「Akahai(思いやり)」「Lokahi(協調性)」「Olu’olu(喜び)」「Ha’a
Ha’a(謙虚)」「Ahonui(忍耐)」の頭文字「ALOHA」だそうだ。これは言うまでもなくハワイ語であるが、翁には、150年前に日本からはるばるハワイに渡り、艱難辛苦に耐え、日本人同士が互いに思いやり助け合って生き抜いた日系1世たちの“日本魂”であると思えてならない・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |