龍翁余話(562)「“五常の男”――衆議院議員・小野寺五典」
翁は、かねてより衆議院議員・小野寺五典(おのでら いつのり)の名前“五典”に強い興味関心を抱いていた。そのことは2013年7月配信の『龍翁余話』(288)「2013年版防衛白書と小野寺防衛大臣への期待」でも紹介した。その巻頭に【・・・(“五典”の名は)彼のプロフィールによると1960年5月5日午前5時に誕生(宮城県気仙沼市)、実父の名前に“典”がついていたことに由来する、とあった。だが儒教好きの翁、“五典”は儒教の“五常(ごじょう)の徳”と同意語ではないか、と思って調べてみた。然り、儒教(孔子)の“五常”は五教(ごきょう)・五典(ごてん)とも言われ『仁・義・礼・智・信』の5つの徳性(人の道)を説いている。『仁』は人を愛し思いやる(恕=じょ)。『義』は利欲にとらわれず正義を重んじる。『礼』は人間の関わりは礼に始まり礼に終わる。『智』は知識を重んじ学問に励む。『信』は友情に厚く約束を守り誠実であること――かつては儒教の国でありながら、今や『仁・義・礼・智・信』の五常の徳にことごとく背き、国際法も国際倫理もわきまえないで、我が国への難癖、無礼、脅迫を続ける中国及び南北朝鮮(いずれも政府)に毅然たる姿勢で対峙する“五常の男”防衛大臣・小野寺五典の名に、彼らは、いかなる反応を示すだろうか・・・】と書いた。
小野寺五典氏が2012年12月26日第2次安倍内閣誕生で防衛大臣として初入閣して以来、翁は常に氏の人間性(人格)と政治性(政治力)を注視して来た。と言っても一度も会ったことがないのでテレビ報道(国会答弁やゲスト出演での談話)、新聞報道を通しての印象と、もう少し具体的な人物評として翁の弟分で元記者のM君の話が参考になった。M君は現役時代、多くの政治家を取材した“政治家通”だ。その彼がリタイヤ後、翁に語ってくれた“小野寺評”。M君いわく「小野寺氏は、どんな人とも分け隔てなく誠実に接する。自分の信念は曲げないが、常に穏やかな口調で相手を魅了する。そして、何より情に厚く、実行力(行動力)のある人。龍翁さんが言う“仁・義・礼・智・信”を兼ね備えた1級の政治家です」――M君、現役時代は言えなかったことも、今は自由にモノが言える。そのM君、翁が“五典ファン”であることを承知の上で“べた褒め”したのでは、といぶかるほどの好評だが、長年、ジャーナリズムで鍛えたM君の“人を見る目”は確かだ。
M君が言う「情に厚く行動力のある人」を裏付ける証言がある。米国の政治学者で元沖縄米軍海兵隊外交政策部次長だったロバート・エルドリッジ氏(東日本大震災時の“トモダチ作戦”の立案者)の手記の1部を拝借すると――【・・・小野寺は、物事を自分の目で確かめ判断して実行に移すタイプの政治家だ。防衛大臣任期中、彼は毎週末ほとんど、各地の自衛隊施設(基地)を訪れ、隊員とその家族を激励した。訪問箇所は140を超える。基地訪問を通して小野寺は、国土防衛の第一線に立つ隊員たちの生の声(基地内の問題点や隊員個々の事情など)を聴き、隊員に寄り添った。そんな大臣に対する隊員たちからの信頼は当然だが、省内職員(私服組)とも良好な関係を構築した。一方、米国との信頼関係においては歴代防衛担当大臣の中でも群を抜いている・・・】
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さて――翁には(まったく偶然だが)小野寺氏とは旧知の間柄のKさんというゴルフ仲間がいて「実は2月某日、“衆議院議員・小野寺五典君を励ます会”があるので、その会場で龍翁さんを小野寺氏に紹介しましょう」という話になった。何とも嬉しいお誘いである。その日が待ち遠しかった。当日、会場の入り口で(Kさんの紹介で)握手を交わした時の氏の温厚な眼差しを見て、初対面とは思えない親近感を覚えた。“励ます”会では外務大臣・防衛大臣・文科大臣ほか数人の閣僚及び自民党幹部の挨拶、気仙沼市長の乾杯の音頭があり、パーティに移ってから翁は小野寺氏と2人で親しく歓談する機会を得た。「先生の座右の銘は“一隅を照らす”(天台宗開祖・最澄の言葉)ですね」と訊ねたら「はい、それぞれの立場で精一杯努力して国家国民に役立つ政治家を目指しています」それだけで翁は充分に満足したが、実はもう1つ感動のエピソードを聞くことが出来た。それは――
パーティ終了後、後援会の皆さん(10数人)による二次会に翁も(Kさんと一緒に)参加した。飲めない翁、皆さんと名刺交換してから早々に退席しようとしたら「もう直ぐ先生が来られますから」と言うことで、再び席に戻りウーロン茶を飲みながら氏の到着を待つ。数分後、にこやかな表情の氏が姿を見せる。それからというもの、氏と翁はまるで十年の知己の如く話が弾んだ。そこで聞いた(感動した)エピソードとは――あの3.11の時、津波にパスポートや身辺具を流され生命の危機にさらされた中国人研修生(女子20人)全員を本国に送り還した話だ。交通網が遮断された状況下でどうやって送還するか・・・自分の実家も被災しているのに、氏は新潟出身の長島忠美衆議院議員(山古志村最後の村長=2017年8月死去)の協力を得て新潟からバスを出して貰い20人を無事に新潟空港へ(そこから上海空港へ)送り届けた・・・中国から絶賛を浴びたことは言うまでもない。だが「その後に防衛大臣を拝命、中国と対峙することになる」と笑う――人懐っこく、少しも威張りがない、温厚篤実そのもの。普段、政治家に対しては辛口評の多い翁だが、小野寺五典に対しては、たったひと晩で”五常の男“であることを確信した。翁の最後の質問「近い将来、目指したい閣僚ポストは?」(答えが得られないだろうと思っていたが氏はさらりと2つのポスト名を挙げた。翁は思った「この人、何を担当しても”一隅を照らす“政治家であることに間違いない。更なる活躍を!」・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |