龍翁余話(510)「お稲荷さん」
2月最初の午(うま)の日『初午』は(2018年は)2月7日。この日、全国の稲荷寺社が仏前や神前に油揚げを供え稲荷寿司などを食して稲荷祭礼を行なう。「午」は「馬」のはずなのに何故「狐」のお祭りをするのか、どうも分かりにくい。調べたら「奈良時代(711年頃)のこの日、稲荷社の総本山である京都の伏見稲荷大社に“稲荷大神(神の使いの狐)”が鎮座された、それを記念して(初午の日に)全国の稲荷寺社が稲荷祭礼を催すようになった」と伝えられている。もう1つ分かりにくいのが“お稲荷さん”には神道系と仏教系があるということ。全国3万2千社の“お稲荷さん”の総本山は伏見稲荷大社で神道系。佐賀県佐賀市の祐徳稲荷神社や茨城県笠間市の笠間稲荷神社も(その名の通り)神道系の稲荷。一方、愛知県豊川市の豊川稲荷(1441年頃の室町時代に創建、本尊は千手観音)は曹洞宗のお寺であり、北海道・東京都・神奈川県・大阪府・福岡県に別院を持っている。神道系稲荷も仏教系稲荷も共通しているのは、普通の寺社では本殿前の両脇に一対で向き合う“狛犬”が悪いものが侵入して来ないように寺社を護っているのだが、稲荷寺社の本殿前には“神の使いの狐”すなわち“狛狐”が守護獣として座していること。稲荷(いなり)の語源が“稲生(いねなり)”であり、元々は五穀豊穣を司る食物の神様を祀ったもので、それが後年、商売繁盛・開運祈願の社(やしろ)になった、という点である。
先日、所用で赤坂に出かけた際、ついでに赤坂見附から国道246号(通称・青山通り)を渋谷方面に(緩やかな上り坂を)歩いて5分くらいの右側にある(1年中、赤い提灯が敷地内いっぱいにぶら下がっている)『豊川稲荷東京別院』の山門をくぐった(写真左)。長年、東京に住んでいるのに初めての参詣だ。なるほど拝殿前の両脇には一対の“狛犬”ならぬ“狛狐”が参拝者を迎える(写真右)。ここはお寺(曹洞宗)なので“2礼2拍1礼”ではなく、ただ“合掌”して我が身の健康を祈願した。
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由緒では「一般的に“稲荷”と言えば、狐を祀った神社を想像されるが、当院は平安時代の僧・空海(弘法大師)によって普及された”吒枳尼真天(
だきにしんてん=密教の教主・大日如来の化身)“を祀っている」とある。その由緒を読んで翁、ふと疑問を抱いた。空海は“真言宗”の開祖であるのに何故、豊川稲荷は“曹洞宗”なのか?曹洞宗の開祖は鎌倉時代初期の禅僧・道元である。と言うことは、道元は平安時代に空海がもたらした吒枳尼真天を学び、鎌倉時代初期に独自の宗派(曹洞宗)を興したのだろうか? 時代は下って豊川稲荷は室町時代の創建だから(道元の)”曹洞宗“を導入し、本尊は空海の”吒枳尼真天“にしたと言うことだろうか?しかし本山(愛知県)の豊川稲荷の本尊は”千手観音“、ややこしい話だ。更に由緒には「”豊川吒枳尼真天“が稲穂を荷い、白狐にまたがっていることから”豊川稲荷“と称され現在に至っている」と記されている。
さて、本殿参拝の後、“融通稲荷”(財宝を生む尊天=神仏を超えた宇宙全体の真理)、“叶稲荷”(魔除け、開運招福の神)、“弁財天”(貧困を救い財物を与える天女)、そして“奥の院”(開山祖師の霊像や神霊を祀った祠)(写真左)を回って最後に“大岡廟”(写真右)を参拝した。ここは、将軍・吉宗時代の名奉行・大岡越前守(忠相)の霊廟である。
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何故、大岡越前を祀っているのか――寺務所の男性職員に訊ねた。大岡越前守が、晩年に三河西大平(みかわにしおおひら・愛知県岡崎市)1万石の大名に任命された時、信仰していた三河の「豊川稲荷」を本山(ほんざん)から分霊(ぶんりょう)して、赤坂の自邸(現在の赤坂一ツ木通り辺り)の庭に祀ったのが、赤坂の豊川稲荷の起源となった(文政11年、1828年)。関東一円の信者の要望で(大岡家・豊川稲荷への)一般参拝が許され、
時代は流れて明治20年(1887年)に道路(青山通り)を隔てた現在の地に遷座された。
すなわち大岡忠相は『豊川稲荷東京別院』の開基であるという訳だ。余談だが翁は1970年から1999年にかけてTBS系列で放送された加藤 剛主演の『大岡越前』の大ファンだった。(どうでもいい話だが)現在放映中の『大岡越前』(NHK)は内容が軽く、主役俳優のセリフ下手、貫禄無し、で、ほとんど視ない。
2月7日は『初午』、1年のうち最も運気の高まる日とされているので翁、大好物の“稲荷寿司”を(午の時刻)正午前後に食べて(午の方位)南方に向かって参拝しようと思っているが、実は翁、この日は北方にも思いを寄せねばならない大切な日。何故なら2月7日は『北方領土の日』――1855年(安政2年)伊豆の下田で「日露和親条約」が締結され、北方領土が日本の領土であることを確認したのがこの日。しかしソ連(現ロシア)は昭和20年8月の終戦間際に日露不可侵条約を一方的に破って日本を攻撃、“終戦宣言”の後も武力攻撃を続け北方4島を不法占拠した。故に翁“ドロボー猫・ロスケ“への怒りが修まらない。「お稲荷さん、北方領土返還にもお力を」・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |