龍翁余話(496)「セラフィオーレ展」
芸術の秋――東京駅・大丸東京店で開催された『セラフィオーレ展』を観に 行った(18日〜22日)。主宰はセラフィオーレ界の第1人者・高津美子先生。出展者は(高津先生以下)53人。うち講師陣22人(いずれも高津美子主宰セラフィオーレ師範認定取得者。中にはシンガポールやアメリカで活躍している講師もいる)。今季展示会のテーマは“エレガント・オータム”。その名にふさわしい優美で気品溢れる作品揃い。セラフィオーレとは、イタリア語で『蝋(ろう)の花』という意味だそうだ。今年の春、旧友の作家(当展示会出品者の1人・山口理佳子さん)の作品を見せて貰った時、初めてセラフィオーレを知り、そのクリスタルな輝き、鮮やかな発色の透明感、まるで陶器のような質感に大いに魅せられ、この『セラフィオーレ展』を楽しみにしていた。(上の写真は山口さんからいただいた案内ハガキの写真)
実は翁、この種の展示会のプロデュースにはかなりの実績を持つ経験者だ。昔々の自慢話で恐縮だが、およそ30年前、(映像製作会社経営のかたわら)生涯学習推進団体(文科省認可の財団法人)の役員を兼任していた時期があった。その頃(数年かけて)『日本の心・日本美術手工芸展』をプロデュースした。展示品のジャンルは、フレスコペーパーアート(盆栽)・パンフラワー・竹工芸・籐工芸・七宝・押し花・袋物・刺繍・皮工芸・木目込み人形・和紙絵など約40グループに及んだ。国内では東京・千葉・宮城・愛知・京都・新潟・大分など、いずれも全国生涯学習フェスティバル(愛称:まなびピア)の発足期、海外ではオーストラリア(ブリスベン=1988年国際レジャー博覧会)、ベルギー(ブリュッセル=1989年ユーロパリア・ジャパン祭――1969年以来、2年に1度、ブリュッセルで開催されるヨーロッパ各国の文化交流祭であるが、1989年はヨーロッパ諸国以外の国で初めて日本がテーマ国に選ばれた記念すべき祭典であった)、アメリカ(ハワイ=1992年日米文化交流イベント)、イタリア(ジェノヴァ=1994年日伊文化交流イベント)などを手掛けた、いわば“ハンドクラフト・エキシビション(手工芸品の展示会)”のプロ、を自負している翁ではあるが、このたびの『セラフィオーレ展』は初めて。久しぶりに新鮮な感動を覚えた。それは作品の1つ1つに作者の確たるフィロソフィ(理念)と磨かれたテクノロジー(技術)を垣間見ることが出来たからだ。平たく言うと、どの作品にも花びら・葉・茎・入れ物に至るまで作者の芸術的センスが行き届いており、そのこだわりの分、かなりの時間を要したであろうことが想像出来る。その労苦が1級の芸術作品を生み観る人に強烈なインパクトを与えるのだ。
(前述の)初めて“セラフィオーレ作品”を見せて貰った時、製作者の山口さんに“一般的な作り方”を聞いた。(概要は)「まず、テーマを決めてからクレープペーパー(細かな縮みシワのある薄紙)で花を作り、溶かした特殊な蝋に入れて成形し、彩色した後、仕上げの蝋に入れて仕上げる。ベース蝋や仕上げ蝋の温度の調整が難しい」とのこと。話を聞いただけで、製作工程における繊細な神経の使いようと労苦のほどが素人の翁にも分かる。「しかし、製作中の苦労は、けっして苦痛ではなく、むしろ楽しみます。何故なら作品完成時の喜びが待っていますから・・・」とは山口さんの弁。“モノづくり”をする人の共通する心理であろう。では、作品の1部を紹介しよう。(高津先生の許可を得て撮影した)
<高津美子先生作品>
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<山口理佳子さん作品>
高津先生にご挨拶したあと、もう一度、観て回った。1回り2回りしても、なお観飽きない。それは華麗とか優美などの言葉を超えて(翁は)観れば観るほどセラフィオーレの奥の深さに魅了させられるからだ。これらの作品を観ているうちに(コーヒー好きの翁)ふと“セラフィオーレの花々に囲まれてエスプレッソを飲んだら、さぞ美味しいだろう”と思った。エスプレッソはイタリアが本場。エスプレッソは(イタリアでは)ストレートでなく、たっぷり砂糖を入れて(あまりかき回さず)飲む。砂糖を加えることで本来のエスプレッソは完成するとのこと。飲み終わった後、カップの底に残った砂糖をスプーンですくって食べるのがイタリア・スタイルだそうだ。翁は普段、カプチーノやカフェラテを好む。カプチーノもカフェラテも元はエスプレッソ。ミルクの混入量によって名称が変わる。話がそれた。鬱陶しい天候不順が続く昨今、『セラフィオーレ展』のおかげで“芸術の秋”を満喫することが出来た。その夜、作品の1つ1つを思い浮かべながら飲んだ(イタリア風)エスプレッソの美味かったこと・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |