龍翁余話(490)「君死にたまふことなかれ」
事件死であれ、事故死であれ、自殺であれ、子どもの死は哀しい。特に、自殺は(理由のいかんを問わず)心が痛む。今年もまた夏休み明けの前後に児童・生徒の自殺が相次いだ。長かった夏休みが終わる頃「やっと2学期が始まる」と、ウキウキする子もいれば、逆に「あ〜、またイジメられるのか」と、絶望的な気持ちになる子もいる。「生徒・児童が自殺を考えたり、実際に自殺する件数は、夏休み明け前後が最も多い」と、このほど厚労省が発表した『平成29年版自殺対策白書』でも明らかにされている。その『白書』によると、平成28年の自殺者数は前年より約9%減の2万1,897人。22年ぶりに2万2,000人を下回った。しかし、国際的に見ると日本の自殺実態は、まだまだ深刻であるという。WHO(世界保健機関)のデータが取れる約90か国の中での自殺件数は、日本は第6位。しかも15歳〜39歳の死因は、事故やガンを上回って自殺が第1位。G7(先進7か国)の中でも若者の自殺は、日本が第1位だ。このように子どもたちが自ら命を絶つ悲劇が繰り返されている現実を(翁は)悲しむ。君たちは何故、死に急ぐのか、何故、とどまらないのか――
警察庁の統計によると、昨年(2016年)自殺で亡くなった小中高生は320人。うち小学生12人、中学生93人、高校生215人、3分の2が男子だった。彼らの自殺の原因(複数の場合もある)を見ると、「学業不振」「イジメ」など学校問題が36.3%、「親子関係の不和」など家庭問題が23.4%、「うつ病」など健康問題が19.7%。翁の想像だが「うつ病」の原因は(単なる健康問題だけでなく)「学業不振」「イジメ」「家庭不和」などが多く絡み合っている“精神のアンバランス”によるものではあるまいか。もし、そうだとしたら子どもの自殺は形状的には“自殺”だが、因果的には“他殺”であるとも言える。
ちょっと古いデータだが、
2011年(平成23年)に文部科学省が行なった“子どもの自殺の背景分析”によると【学校に関わる理由】は「進路問題」が約12%、「不登校」が約10%、
「教員の指導上の問題」が約3%、「イジメ」は約2%となっており、生徒・児童の自殺の原因として「イジメはわずか2%」としているが、翁思うに、これは実におおざっぱな分析だ。イジメ問題を大きくしたくない文科省の魂胆が透けて見える。「不登校」とは「学校へ行くのが嫌になる」と言うことだ。その理由の中には確かに「学業不振・教員の指導上の問題」もあろうが、翁は「級友との人間関係(特にイジメ問題)」が多くを占めているように思う。それらをもっと精査すれば「イジメはわずか2%」どころではあるまい。もう1つの背景【家庭に関わる理由】については「自分と両親との不仲」が約10%、「親同士の不仲、及び離婚」が約7%、「経済的な困窮」が約5%となっている。
「経済的な困窮」は勿論、個人の責任問題ではあるが、“政治で困窮家庭を救う”施策も実施されている。「高校授業料無償化・就学支援金支給制度」がそれだ(2010年度から実施)。
支給限度額は(2017年度現在)公私立(全日制)月額9,900円。年間11万8000円が学校に支払われる。公立の定時制高校は月額2,700円、通信制高校は月額520円、私立の定時制・通信制高校は月額9,900円。一方、「児童手当」というのもある。0歳から2歳は15,000円、3歳から小学校修了まで第1子、第2子10,000円、第3子以降15,000円、中学生(修了まで)10,000円(いずれも月額)。これで“経済的な困窮”が全て解決する訳ではないが“無いより有ったほうがいい”に決まっている。政府が「国際協力支援金」(ODA基金)を開発途上国に提供することは日本と当該国との将来的友好関係を構築する上で大切なことではあるが「中にはドブに捨てるようなカネもある」という話も聞く。ならばODA基金の使い方や基金額を精査して、もっと自国(日本)の子ども教育資金を増額して貰いたいと思うのは翁の料簡が狭いからだろうか――話が急に飛躍してしまった。『子どもの自殺問題』に話を戻そう。
子どもが自殺を考えたり実行したりする動機は(一般論として)「子どもは衝動的に行動してしまう」「成長途上であり、問題に対する解決能力が未熟」「我慢力に乏しい」「外部からの影響を受けやすい」(親の病気・両親の不仲、離婚、死別、虐待、報道による模倣や連鎖反応)と言われているが、自殺の原因が何であれ“将来のある命”が失われることは(翁の個人感情としては)実に哀しいし(国の問題としては)次代の日本を背負って貰う子どもたちの死は国家の大損失、重大問題と言わねばならない。
歌人・作家・思想家の與謝野晶子(1874年〜1942年)の代表的な短歌に『君死にたまふことなかれ』がある。この歌は日露戦争(1904年2月〜1905年9月)時、“旅順攻撃”に加わった弟・宗七を歎いて作られたもの。【ああ、弟よ、君は泣く、君死にたまふことなかれ、 末に生まれし君なれば、親のなさけは勝りしも、親は刃(やいば)を握らせて人を殺せと教へしや、人を殺して死ねよとて、24(歳)まで育てしや】(原文のまま)を、翁は(大変失礼ながら)替え歌にしてみた。
【ああ、娘よ、息子よ、君に言ふ、君死にたまふことなかれ、この世に生まれし君なれば、親の愛は海より深し、親は他人(ひと)を傷つけよと教へたか、勝手に死ねと教へたか、
他人を傷つけるために育てたのではない、勝手に死ぬために育てたのではない、人間らしく、よりよく生きよと育てたのだ、ああ、娘よ、息子よ、君死にたまふことなかれ】
9月10日は『世界自殺予防デー』。2003年にスエーデンで開かれたWHOと国際自殺予防学会による「世界自殺防止会議」で「世界で自殺防止の行動を起こそう」と提唱したのが始まり。日本でも2007年6月の閣議で「毎年、9月10日からの1週間を“自殺予防週間”とする」ことが決まった。「命の大切さを啓発し、子どものサインに早く気づき早く対処しよう」というのが目的。この機会に、我々おとなは、もっと子どもを見守る意識と習慣を持ちたいものだ・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |