龍翁余話(488)「戸越八幡神社と戸越公園」
お盆明け、じとじとした“戻り梅雨”のあと今度は急激に猛暑日の連続、O−157の発生や熱中症事故のニュースを耳に(目に)しない日はないほどの“酷烈残暑”。いかにゴルフ好きな翁でも“こんな酷暑の中のゴルフは狂気の沙汰“と、じっと我慢して“涼風到来”を待っているのだが、1か月もコースに出ないと、どうにも体がなまって心身のバランスが
保てない。ゴルフに行く朝は、だいたい4時に起床する。その習慣で昨日の土曜日も4時に目を覚ました。昨夜から冷房をつけっ放しにしておいたので部屋は適度に冷えている。“よし、今日は『余話』を書こう”と(早めの朝食を済ませ)パソコンに向かった。“さて、今号は何をテーマにしようか”とパソコン画面と睨めっこしていたのだが、心身のバランスを欠いていると頭の回転も悪く、いっこうにアイデアが浮かんで来ない。仕方なくパソコンを離れ、しばらくテレビを視ていたのだが“よ〜し、こんな時は気分を一新しよう”と急に思い立ち、Tシャツ、半ズボン、帽子、ズックの“散歩スタイル”で8時に家を出た。外はすでに“猛暑”、途中の自販機で麦茶を買って、いつもの散歩先である戸越公園へ向かった。戸越公園散歩の途中、必ず立ち寄るのが『戸越八幡神社』。
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静かな拝殿前、拝礼を済ませた1人のお年寄り(翁と同年輩くらい)とすれ違いざまお互いに会釈を交わして拝殿前のお賽銭箱にコインを投げ入れ、お決まりの作法(2礼2拍1礼)で拝礼した。翁がいつも拝礼時に念ずるのは“お守り下さい”のただ一語、誰を守ってほしいのか(具体的には念じることはないが)欲張りな翁、私を、親戚を、友人を、国を・・・多分、全部だろう。拝礼の後、振り向いたら先程のお年寄りが参道脇の“囲い石”(写真右)に両手をかざしている。翁、この“囲い石”のことは以前から知っている。『さし石』と言って江戸時代、神社の氏子の若い衆がこの石を担いで力くらべをした。故に『さし石』は別名『力石』とも言う。この石に御祭神の応神天皇(270年頃?第15代天皇)の御神霊が宿り、この石に触れると不思議なパワーが授かり病を防ぎ健康になる、との説明板が立っている。翁が近づいて、そのお年寄りの仕草を眺めていたら、彼(微笑みながら)「迷信と思われるかも知れませんが、パワーを貰っているんです。あなたもおやりになりませんか?」と勧めてくれた。「はい、では私も」と言って2人の老人が並んで『さし石』に両手をかざした。ほんの5分くらいのお付き合いだったが、その間、そのお年寄りの身の上話が聞けた「私の“石信仰”は丸2年になります。3年前に家内に逝かれた後、私は大病して生きる意欲を失いかけた時、親友に誘われて大分県へ行きました。“仏の里”国東(くにさき)半島と臼杵市(うすきし)の石仏巡りです。私の家内の郷里が臼杵市なので親戚周りをかねて・・・その時、石仏から何とも言えないパワーを戴きました。以来、近所のこの『力石』を信仰するようになりました。単なる“気休め”ですがね」――翁も大分県出身、しかも国東半島(摩崖仏)・臼杵の石仏のことは当然、熟知しているので、そのお年寄りの話が嬉しくて“実は私も大分県・・・”と言いかけたが、何故か思いとどまり「気が休まることは、我々老人には一番ですよね。私も、これからこの『力石』からパワーを貰いに、お参りに来ます。いつかまた、お会いしましょう」と言って別れた。別れる時のお年寄りの会釈が、とてもいい笑顔だった。
『戸越公園』へと歩きながら『戸越八幡様』の由緒を思い返した。(以前にも『余話』で紹介したが)1526年に京都・石清水(いわしみず)八幡宮からの分霊を勧請(かんじょう=神仏の霊や像を寺社に迎える)して建立したもの。ご承知のように、全国4万4千社の八幡宮の総本山は宇佐神宮(大分県宇佐市、725年建立)。石清水八幡宮(865年建立)や筥崎宮(はこざきぐう=福岡、921年建立)、鶴岡八幡宮(鎌倉、1063年建立)などはいずれも宇佐神宮の分霊を勧請して建立された神宮だし、いずれの神宮も主祭神は応神天皇、配神は比売神(ひめがみ=神道の女神)、神功皇后(じんぐうこうごう=応神天皇の母神)だから、元は宇佐神宮に繋がっている。故に石清水八幡宮は宇佐神宮の“子ども神宮”、『戸越八幡神社』は“孫の神社”ということになる(と、翁は勝手にこじつけている)。
『戸越公園』は江戸時代初期、熊本藩・細川家の下屋敷だったところ。ここは、以前から翁の憩いの場所でありパワースポット、中でも武家屋敷を偲ばせる正門(薬医門)(写真左)、回遊式庭園の池(写真中)、庭園の中の小さな2つの滝(写真右)が好きだ。この公園については以前にも『余話』で数回紹介したことがあるので今号は詳細を割愛する。
「犬も歩けば棒に当たる」とは「出しゃばると思わぬ災難に遭う」という戒めの諺だが、もう1つ「じっとしていないで何でもいいから動けば思わぬ幸運に会う」の意味もある。昨日の翁の『戸越八幡神社』参りは、まさに“神棒に当たる”と思えるほど(かのお年寄りとの)いい出会いがあった。心身のバランスを欠いた時、(気休めでもいい)『力石』のパワーをいただきに参詣する楽しみが出来た・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |