龍翁余話(469)「新事務所開き・修祓式・旭山桜」
翁と長年の親友Sさんが社長をしている情報処理サービス会社(ソフトウエア開発・ハードウエア導入支援・システム開発と運用支援などを主業務とする会社)が3月18日に移転(新事務所)披露パーティを開いた。翁もご招待を受け参席した。新事務所は、神宮の杜を背に代々木、原宿・千駄ヶ谷から、いずれも徒歩10分の明治通り沿道に在り、翁の会社(代々木)からも近い。広々とした明るいオフィスだ。室内の東南と思われる場所に、小振りの祭壇が設けられている。ご承知のように地鎮祭・起工式・上棟式・竣工祭式・落成式・新事務所開きなどでは日本の伝統的な神道行事『修祓式』(しゅばつしき=お祓い)を行なうのが一般的だが、近年、新事務所開きに『修祓式』を行なう会社・団体がだんだん少なくなっていると聞く。そんな中で、先祖代々神道崇敬の家柄に育ったSさんの会社の新事務所披露パーティは、当然ながら近くの八幡神社から神職を招いての厳粛な『修祓式』から始まった。子どもの時から神社仏閣に縁の深かった翁も、やはりこの『修祓式』に出会うのは嬉しいし、身が引き締まる。
読者各位におかれては、いろいろな宗教をお持ちだろうが、これから先、この『修祓式』に参列される機会もあろうかと思うので、ご参考までに式次第を簡単に紹介しよう(ご年配の方々はすでにご承知のことなので失礼とは思うが・・・)まず【手水(てみず)の儀)】式場に入る前に手を洗い、口をゆすいで身を清める(新事務所開きなど出張修祓式では省略することが多いそうだ)。【修祓(しゅばつ)の儀】(祭壇周辺の)穢れを払い清浄にする。【降神(こうしん)の儀】祭壇に神様をお招きする。【献饌(けんせん)の儀】お出でになった神様にお供えをする。実際には前もって神撰を祭壇に供えておくので、神酒の入った器(瓶子=へいじ)と、水の入った水器の蓋を取る(開ける)だけの儀式。【祝詞奏上(のりとそうじょう)】(修祓式の)主催者と業務概要を紹介し事業の繁栄・全社員及び参列者の健勝などを(神様に)奏上し祈願する。【清祓い(きよはらい)の儀】“四方祓い”とも言い、新事務所全体を祓い清め、全社員や参列者に災いが生じないよう祈願する(建築関係の場合は、当該土地を祓い清め、工事関係者などの安全を祈願する)。【玉串奉奠(たまぐしほうてん)】会社の繁栄・全社員の無事・参列者の健勝を祈り、その願いを玉串に託して神に捧げる。玉串とは、紙垂(しで)や木綿(ゆう)をつけた榊の枝のこと。神職から手渡される玉串を受け取り、右手は上、左手は下から添える。胸の高さに持って神前(祭壇)の玉串案(台)の前に進み軽く一礼、玉串を時計回りに廻す。榊の枝の根を祭壇に向けて台に乗せる。それから2礼2拍1礼して下がる。下がる時、もう一度1礼すると恭しさが増す。更に(玉串を渡してくれた)神職に軽く会釈するのも見た目がいい。翁は、これまでに幾度か玉串奉奠の機会を得たが、下がる時の“もう一度の1礼”と“神職への会釈”を忘れることが多かった。【撤饌(てっせん)の儀】祭壇から供物を下げる儀式だが、実際には【献饌の儀】の時に行なった(神酒の入った瓶子と、水の入った水器の蓋を開けた)蓋を元に戻す所作。【昇神(しょうしん)の儀】祭壇にお招きした神様を天上へお送りする儀式。ちなみに【降神の儀】と【昇神の儀】の際、神職が「お〜お〜お〜お〜」と大きな唸り声をあげる。傍で聞いていてその迫力に圧倒される。その唸り声を発することを何と言うのか翁は知らないが、『奉神御詠歌』(ほうしんごえいか=♪敬い申し上げる 天におわす御主(おんあるじ) 光り輝く御姿で現れ給う・・)と言う歌があるので、とりあえず翁は(光り輝く神に敬い申し上げる)「我ら民のもとへお出ましあれ」の“お願い”と、お出まし戴いたことへの“お礼”の意味で(唸りを)『奉神讃歌』と呼ぶことにしている(翁の造語)。(讃歌とは、本来、神を讃える、の意。)
さて『修祓式』後の和やかなパーティ(直会=なおらい)の中締めあたりで翁、S社長へ
(お招きいただいたことへの)謝意を述べ退席しようとしたら、S社長から(かの有名な日比谷花壇の)『旭山桜の鉢植え』(一切桜)をお土産に頂戴した。
 |
 |
3月18日 |
3月25日 |
“旭山桜”とは、花びらが沢山重なるように咲く(八重桜と同じ)桜で“ソメイヨシノ”より1週間ほど後に咲く品種だそうだが、日当りのいい翁のベランダの“旭山桜”は、街の“ソメイヨシノ”とほぼ同じ早さで咲いて来ているように思える。実は翁、先月(2月)17日に配信した『龍翁余話』(463)「自然への憧れ」で【・・・猫の額ほどのベランダで、コマツナ・ピーマン・リーフレタス・キュウリ・ナスなど、いずれかの“ベランダ菜園”を4月から開始しよう】と書いたが、それより先に、今、我が家のベランダには“旭山桜”(一切桜)が主役の座についている。毎朝、少しずつ花を開く姿が美しく、翁の目を楽しませてくれる。“一切桜”とは“小型の桜”という意味だそうだ。そして、花言葉は(八重桜と同じ)“豊かな教養”、“理知に富んだ教育”――と、ここまで書いたら、あの大阪の何とか学園・理事長夫婦の顔が浮かんできた。ヌケヌケと「天のお告げで学校を造る」、「天の神が現れた」と(神を畏れぬ)厚顔ぶりに、翁の(彼らへの)印象は“狡猾”、“傲慢”、“自己陶酔型”としか思えず、どこから見ても“豊かな教養”も“理知に富んだ教育”のかけらも感じられない――とまれ、翁、毎朝ベランダの“旭山桜”を観て(観察の間だけでも)“豊かな心”に浸ることにしている・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |