龍翁余話(465)「河津桜」
翁が初めて(本物の)河津桜と出会ったのは、2012年3月、春彼岸の中日に(品川 からの京浜急行)三浦海岸駅から約1km、約1000本の“河津桜並木”だった。そのことは『龍翁余話』(223)「河津桜とマグロ漁船」で紹介した。それから5年経った先日(22日)、翁のシニアグループ5人と「本場の河津桜を観よう」と朝早く新幹線で品川から熱海、熱海から伊豆急行で河津駅へ。電車が河津駅に近づき、河津川両岸に咲き乱れる河津桜並木が目に入ると、満員の車内がざわめき立つ。翁たちグループも盛んにシャッターを切り始めた。
駅で“お花見ウオーキング・コース”の地図を貰い、早速、河津川方面へ。駅の線路下に沿って咲き誇る河津桜が大勢の見物客を出迎える。ほどなく河津川の土手に出る。両側に並び続く8000本の河津桜は既に満開。その様(さま)は、正に秀麗・華美そのものだ。
“お花見ウオーキング・ロード”は人・人・人・・・日本語・中国語、韓国語、タガログ語(フィリピン)などが入り混じる。2月10日から3月10日まで催される『河津桜まつり』には国の内外から毎年、約90万人が訪れるそうだ。そもそも河津桜とは、早咲きの大島桜系と寒緋桜系が自然交配されたもので、一般的なソメイヨシノより色が濃く花びらも少し大きめ。何と言っても早咲きで開花時期は1月下旬から(場所によっては)3月下旬までの長寿命。河津町観光協会の資料によると、1955年に地元の飯田勝美さん(故人)と言う人が河津川の河川敷で偶然に見つけたそうで1974年に『河津桜』と命名され翌年に河津町の木に指定された、とある。『河津桜まつり』の始まりは1981年で今年は第27回目。
河津駅近くの河津川の土手から始まる“河津桜並木”は約3km上流地点で“豊麗の宴”を終える。ゆっくり歩きの見物だから1時間半ぐらいはかかったであろうに、いっこうに
疲れを見せない仲間たちの元気ぶりが嬉しい。翁の「原木を見ようよ」の提案で、河津川を離れ、下田街道(国道414号)に出た。本当は翁、この近くに在る(全国に34例、静岡県下ではここだけにしかない)『涅槃堂』を参拝したかったのだが、このお寺は控寺(住職の休憩寺)で、拝観には予約が必要だと聞かされていたので今回は諦めた。資料によると、今から約390年前の寛永年間に建立されたそうだ。沙羅双樹の下で(偶然にも今年の翁と同年の)80歳の生涯を終えられたお釈迦様のお姿を拝みたいと思ったのだが・・・
下田街道は道幅が狭いうえに大型の観光バスやマイカーがひっきりなしで、翁たち5人が揃って横断するのは危険。左右を見ながら渡るタイミングを計っていたら、まず左からの観光バスが、続いて右からの(沼津ナンバーの)乗用車が止まってくれた。翁たちはお礼の手を挙げて渡った。止まってくれた左右のドライバーも手を振って応えてくれた。当たり前のマナーだが、こんな時は一段と嬉しい気持ちになる。
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さて(前述の)『飯田家の河津桜原木』(写真左)は今も健在だ。木の高さ・樹の幅ともに約10m、花びらは少し落ちかけていたが、まるで河津川両岸の“河津桜並木”の守護神のような威風が漂う。そこから河津駅寄り約1kmの所に(一番見応えのある桜)『かじやの桜』(写真右)がある。このお宅、以前は鍛冶屋さんだったのだろうか?それを確認しないまま、更に1.5km先の河津駅へ急いだ。ここまで来ると、元気印の仲間たちの足取りも、さすがに重くなる。しかし表情は皆、明るかった。帰りの車窓に映る河津川土手の桜並木が名残り惜しかった・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |