龍翁余話(426)「京都(その2)二条城」
先週号(425)の京都(その1)『葵祭行列』に続いて今号は京都(その2)『二条城』――
『二条城』と言えば、徳川家康が京都に宿泊する時の“別荘”として建てられた平城 (ひらしろ=平地に築かれた城)で、1603年(慶長8年)2月に家康の将軍宣下(しょうぐんせんげ=天皇から下される武家政権の長・征夷大将軍であることを認める公文書の公布)の祝賀会が行なわれた場所であり、それから時代は下って1866年(慶応2年)12月に徳川幕府最後の将軍・一橋(徳川)慶喜が第15代将軍拝命の宣旨を受けたのも『二条城』、そして皮肉にも1867年(慶応3年)11月9日、慶喜が政権を天皇に返上する大政奉還の儀式が行なわれたのも『二条城』。いわば『二条城』は264年続いた江戸幕府の始まりと終わりを演じた因縁の場所である。維新後、1871年(明治4年)に京都府庁、1873年(明治6年)陸軍省所管、1884年(明治17年)皇室の離宮(二条離宮と改称)、1915年(大正4年)大正天皇即位の儀式である“大典の宴“が行なわれたのも『二条城』、そして1939年(昭和14年)宮内省より京都市に下賜され、以後、正式には『元離宮二条城』と言う名称になる。歴史好きな翁、とりわけ中世史(安土桃山時代〜江戸時代〜明治維新)にはいささか造詣ありと己惚れているのに、恥ずかしながら『二条城』は初めての参観であった。先週号の『葵祭行列』へ一緒に行った米国の客人たちを案内するため“二条城史”を俄か学習し“簡単英約”した。故に前述・後述の“能書き”は、俄か学習の付け焼刃知識であることをお断りしておく。
とにかくここは別世界だ。城内全体が国の史跡に指定されているほか、二の丸御殿の6棟が国宝、22棟の建造物と二の丸御殿の壁画1016点が重要文化財に、二の丸御殿庭園が特別名勝に、そして1994年(平成6年)には、ユネスコの世界文化遺産に登録されている。
順番に観て行くことにする。いきなり「二の丸御殿唐門」(写真左)(重要文化財)に圧倒される。梁の上には龍虎・牡丹に唐獅子などの極色彩彫刻がはめ込まれ参観者を立ち止まらせる。その唐門をくぐると砂利で敷き詰められた広場の向こうに「車寄」(くるまよせ)があり(写真中)(撮影はここまで)豪華な彫刻が施された入母屋造りの御殿の玄関に入ると「遠侍の間」(とおざむらいのま)がある。「遠侍の間」は、勅使の間(上段の間、下段の間)、虎の間(一の間、二の間、三の間)、若松の間、柳の間、芙蓉の間に分かれており、二条城へ参上した大名の控えの間として利用された。次が「式台の間」大名が老中たちと挨拶を交わす部屋。将軍への献上品はこの部屋で取次が行なわれたそうだ。“キュッ、キュッ」と音がするウグイス張りの廊下を歩いて次が「大広間(おおひろま)」ここは二の丸御殿の中心的な場所で公式儀礼が執り行なわれる御殿内で最も格式の高い部屋である。一の間(上段の間、48畳)と二の間(44畳)は、将軍と諸大名との対面所であり、特に一の間は二重折上げ格天井で華麗な室内装飾が施されている。この部屋で、1867年(慶応3年)10月に15代将軍
徳川慶喜が諸大名を集め大政奉還を発表した、そのシーンは映画やテレビで視たことがある。その他に将軍に拝謁する諸大名の控え室として三の間・四の間があり、一の間と四の間のあいだには「帳台の間」(武者隠し=将軍を警護する侍の隠れ部屋)がある。以下、「黒書院」(将軍の政務室)、「白書院」(将軍の居間、寝室)と続くが詳細は割愛。それにしても二の丸の各部屋は、まるで(前述の1016点の重要文化財を含む3000点に及ぶ)狩野探幽をリーダーとする狩野派絵師集団の一大美術館だ。「勅使の間」の襖には虎と豹が仲良く水を飲んでいる様子の絵、「式台」の一の間と二の間には,春から秋の景に雁が舞う様子,三の間には霜枯れし,うっすらと雪化粧した柳に数羽の鷺が宿る静かな冬の情景が描かれている。「大広間」には大きな松と孔雀、「黒書院」には四季の花鳥、「白書院」には(中国の西湖を描いたと言われる)山水画など、絵画に疎い翁でも、その迫力に息を呑む。(撮影禁止で、写真がないのが残念。)
さて『二条城二の丸御殿』のもう1つの見どころは“石組の池”で知られる「二の丸庭園」である(写真)。ここは世界的にも高い評価を得ているそうだ。庭園造りの名人・小堀遠州(家康に仕えた作事奉行・茶人)の代表作として挙げられる桃山様式の池泉回遊式庭園である。この「二の丸庭園」を抜けた先に「本丸御殿」があるのだが、時間の都合で今回は参観できなかった。ともあれ今号は単なる“二条城案内版”に終わりエッセイの体(てい)をなしていないが、読者各位が将来『二条城』を訪れる際の参考資料にしていただければ幸いである。それにしても同行の米国の客人たちは大いに満足してくれた様子、「ワンダフル」を連発していた。ところで『二条城』(外観)はこれまで多くの時代劇のロケ場所に使われたそうだ。調べてみたら「水戸黄門」「忠臣蔵」「暴れん坊将軍」「剣客商売」「御家人斬九郎」「八丁堀の七人」「大岡越前」など。これから江戸時代背景の映画やドラマを視る時、もしかしてまた『二条城』に会えるかも。そうでなくても時代劇好きな翁、これからますます江戸時代劇が楽しみになる・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。 |