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1001号
 

NO.1001         Ryo Onishi              7/19/2015

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雑貨屋のひとり言

台風11号が四国、中国地方を直撃しました。私たちが住む近畿地方も長時間、大雨状態が続き各地で土砂崩れ、河川の氾濫など大きな被害が出ました。JRなど交通機関も大混乱が続きました。金曜日の夜、宝塚方面の電車が運転見合わせになり家に帰れなくなった人が駅周辺に溢れていました。
あまり雨が多くない梅雨だと思っていたら終盤にものすごい雨量となりました。先週末から台風11号の影響で日本は猛暑になりましたが、台風の後もまた猛暑になりそうで、またあのベタベタの夏がやって来ますが仕方ないですね。家の中にいても熱中症になることがありますから水分補給、温度調節など心がけていきましょう。≪R.O≫

 

磁 針 掲 載

 以下は当地(ロサンゼルス)を中心に発行されているバイリンガル日刊紙である『羅府新報』のコラム欄 『磁針』用に書いた私の原稿です。(7月15日の紙面に掲載済)

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『継続ゆえに得るもの』
約20年前の1996年5月、私たちの仲間の一人であったR氏が、当時はまだ珍しがられていたEメールによるメルマガ(メール・マガジン)の発行を週刊で始め、一度も欠かさず19年余をかけ、このたびなんと1000号に到達した。当初は駐在員だったR氏だったが、その後任期終了に伴い帰国してからも「雑貨屋ウイークリー」というタイトルで無料発信を続けている。

私は彼の当時としては画期的な行動に共鳴し、覚えたてのコンピュータと格闘しながらも、初期のころから毎号欠かさず日頃の考えや当地の観光スポット案内を投稿してきた。そして私にもこのメルマガを通して多くの友人が出来た。

私は近年、体調不良のため観光スポット取材も、日本行きもストップ状態だが、数年前の元気だったころ、年に一度日本へ行き、そこで多くの「メル友」と絆を深めた。私の観光スポット案内は当紙をはじめ地元ミニコミ誌やローカル・ラジオで紹介されてきた。これも「雑貨屋」からスタートした人脈によるものだ。この観光スポット案内のおかげで、日本とアメリカの見ず知らずの多くの人々とも知り合いになることも出来、また、実際にツアーを計画してご一緒させてもらい、楽しい思い出も出来た。

ある時、日本の見知らぬ女性からからメールが入り「私は以前、ロサンゼルスに留学経験があり、貴方が紹介していたロスの教会で結婚式を挙げるのが夢でした。近々結婚することになり、夢を叶うべく、この教会の予約はとれたのですが、披露パーティ会場について困っています。この教会に近く、海を臨む明るいところはないでしょうか」との問い合わせがあり、当時、教会近くに新しくオープンした海辺のゴルフ・クラブのミーティングルームを紹介し、喜ばれたりもした。

これらはすべて、ひょんなことから参加した雑貨屋の成果であり、当事者である私が一番驚いている。このような人脈を国内外を問わず、多くの人々と持ち得たのも千回続いたメルマガ媒体を通じての成果だ。「継続するが故に得るもの」の大きさを教えてもらった。
「雑貨屋」はwww.zakkayanews.com/indexY.htmで見ることが出来ます。(河合将介)
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河合 将介( skawai@earthlink.net )

 

    

川柳(東京・成近)

 


( 川 柳 )


胃袋は満タン脳は隙だらけ

指きりの小指に親指の苦笑

再会にもうライバルでない握手

振るだけの尻尾それなら持っている

初期化してどんな目鼻を入れようか


( ニュースやぶにらみ )


「芥川賞受賞の抱負」

皆さんに笑われない作品を −又吉直樹

「勝率5割で首位」

全チーム1勝1敗なの? −数学の先生

「新国立競技場案見直し」

もうぐらついているので −政府


河合成近
nakawai@adachi.ne.jp

http://homepage3.nifty.com/itukabouzu/

龍翁余話

龍翁余話(384)「海の日と明治丸」

7月20日は『海の日』である。7月20日は、もともと1941年(昭和16年)に制定された『海の記念日』だった。それが1995年(平成7年)に『海の日』に制定され、翌年(平成8年)に施行された国民の祝日である。当時『海の日』のキャンペーンCMを製作したのは、実は(某大手広告代理店の委託を受けて)翁の会社(映像プロダクション)だった。キャンペーンの主旨は「海の恩恵に感謝し、海洋国家日本の繁栄を祝う」であった。当初『海の日』は『海の記念日』と同じ7月20日だったが2003年(平成15年)の祝日法改正(ハッピーマンデー制度)により“毎年7月の第3月曜日を『海の日』とする”ことに決まった。ちなみに7月20日の『海の記念日』は(祝日ではないが)そのまま生かされている。今年の“ハッピーマンデー”は、たまたま(『海の記念日』と同じ)20日であるが、毎年、日付が少しずつずれる。例えば2012年は7月16日、2013年は7月15日、昨年は7月21日、そして今年は(たまたま)20日。今後『海の記念日』(20日)と重なる”ハッピーマンデー“は2020年、2026年、2037年、2043年・・・

翁は、格別に海が好き、とか、海に縁がある訳ではない。それどころか、子供の頃から船酔いがヒドかったので、どちらかと言うと海は苦手のほう。ならば、どうして『海の日』をテーマに取り上げたか、それは後述することにして、まずは翁の弱点と失敗の告白から――翁がまだ現役の頃の話だが、海の仕事(撮影)で何回か地獄を見た。例えば、台湾・台東県の成功港から約10シーマイル(約10.8km)の沖合で、3〜4mの高波の中、アミ族(高山族=日本統治時代“高砂族”と呼ばれた台湾原住民10数種族の中の1種族)の漁船で“アミ族の伝統的な槍投げサメ漁”を撮影した時のこと、カメラマン君はさすがに落ち着いてカメラを回し続けたが、翁は高波による漁船の大揺れで完全にグロッキー、太平洋に振り落とされまいと懸命に櫓杭(ろぐい=船尾の櫓床(ろどこ)につける小突起)にしがみつきながら死の恐怖に慄いた。また、沖縄・糸満漁港から約15マイルの沖合で“タイガーシャークを追う老漁師の執念”を撮影した時も、船が出港して直ぐに気持ちが悪くなり(情けない話)船べりにしがみついたまま動けず、しゃべれず、撮影は全てカメラマンに任せっぱなし。これで翁の名ディレクター(監督)としての貫録も権威も完全に失墜した。米国では、ニューオーリンズ(メキシコ湾)とロサンゼルスのマリナ・デル・レイ(世界最大級のマリーナ)の沖合でスポーツフィッシングを撮影した時は、カメラマンたちスタッフと現地で雇ったコーディネーターに綿密な指示を与え、(恥ずかしながら)翁はヨットハーバーのシーフードレストランで長時間、スタッフたちの撮影クルーザーが帰港するのを待った。これでは本来のディレクターとしての役目を放棄したことになるのだが、我が社のスタッフは、台湾や沖縄での翁の醜態を見ているのと、翁の“演出手法”を熟知しているので、むしろ翁の“待機”に賛成した。

“船酔い地獄“は、個人的にもさんざん経験した。撮影で、漁船に乗るのはコリゴリのはずなのに、親友で太公望のCさんやSさんに誘われて(10年前から)7回ほど、相模湾や東京湾へアジ・サバ釣りに行ったことがある。そのうち4回は、たまたま凪に恵まれ、体調もよかったせいか(翁の腕にしては)かなりの釣果を挙げて”釣りの醍醐味“を味わうことが出来た。しかし、あとの3回はことごとく強烈な船酔いに襲われ、奈落の底(船底)で呻吟した。それらのことは、これまでに何回か『余話』にも書いた。近年は(術後の体力衰退と老齢のせいで)船酔い症状はますますヒドくなり、漁港の臭いや停泊している漁船が揺れている情景を見るだけでも気持ちが悪くなるので釣りはストップしている。

さて――日本の国立大学で唯一、海洋の研究・教育に特化した大学がある。『東京海洋大学』と言う。百数十年の歴史を有する『東京商船大学』と『東京水産大学』が統合されて新たに発足した大学で、再スタートの時期は、何と『海の日』が7月第3月曜日となった年と同じ2003年だった。同校の本部は東京・港区にあるが、翁の関心は、越中島(江東区)キャンパスだ。そのキャンパスに我が国に現存する唯一の鉄船『明治丸』(重要文化財)が保存されている。翁が『明治丸』の見学に訪れたのは、折しも『東京海洋大学』発足の2003年の秋だった。(写真は同校のHPから)
『明治丸』は明治政府が英国に発注して明治7年に竣工した鉄船で、翌8年に横浜港に回航された。その年、小笠原諸島の領有権問題が生じ、明治政府は調査団を『明治丸』に乗せ、いち早く小笠原に到着させたことにより、小笠原諸島が日本の領土になった、という。この領有は、その後の沖の鳥島、南鳥島を含め、現在の我が国の排他的経済水域の3分の1に当たる約150万平方kmを確保することになり『海洋立国日本』の礎ともなった訳だ。そして翌1876年(明治9年)、明治天皇が奥羽巡幸のあと青森から『明治丸』に乗船され、函館を経由して横浜港に安着されたのが7月20日、その日を記念して1941年(昭和16年)に『海の記念日』が制定された。そもそも天皇が軍艦ではない船にお乗りになったのは初めてのことで「周辺の海をよく見ておきたい」という明治天皇の大御心(おおみごころ)によるものだった、と伝えられている。

海に弱い翁が何故『海の日』を取り上げたか。それは『海の日』を機に『明治丸』の活躍を多くの人に知って貰いたかったからだ。『明治丸』は(前述の)小笠原諸島の日本領有の礎になったこと、明治天皇ご乗船に伴う『海の記念日』が制定されたことのほかに大正12年の関東大震災や昭和20年の東京大空襲の時、被災者を収容し救済活動に貢献した。また
昭和20年まで係留練習船として約5000人の海の若人を育てた。今でも『明治丸』は海を愛する人たちの“心のふるさと”であると言う・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。

 

茶子のスパイス研究

世界のブレンドスパイス (インド編)

先日、キッチンの棚の奥にあるスパイスを整理していたら大きなSBの赤缶が出てきた。
業務用だったのだろうか、400gもカレーパウダーが入っているのでなかなか減らない。右側の缶の所が少し凹んでいたので特価セールになっていた。確か$2.98だったと思う。これを購入したのは数年前、コロラドのアジア系食品売り場に立ち寄った時の事だ。
倉庫を改造したような大きなその店は通路ごとにベトナム、タイ、カンボジア、中国、インド、フィリピン、中近東、日本とあらゆるアジアの国の食材や調味料が国別に分かれて並べられていてその通路には其々の国の国旗がぶら下げられていた。店内の中で買い物をしている人もインドのサリーを着ている人、ベトナムのアオザイを着ている人、ベールで顔を覆った中近東風の女性たちなど様々なアジアの国の人が買い物に来ていた。店の中にあるフードコートからは其々の国の香辛料が漂っていて何だか不思議な異次元空間のような感じだった。
食品の棚を見ながら何か購入しようと思ってもパッケージの文字が読めないので何をどうやって使うか全くわからない。匂いを嗅いでも検討がつかず、何も買わないまま、ようやく日本の国旗がぶら下がっている通路にたどり着いた。その途端SBの赤缶が目に付いた。コロラドの田舎町の店でこのSBの赤缶を偶然見つけた時には懐かしくて思わず手にとって即、購入してしまった。この日本のカレーパウダーにはどんなスパイスが入っているか見てみるとターメリック、コリアンダー、クミン、フェネグリーク、胡椒、赤唐辛子、陳皮、香辛料と書かれてある。後の香辛料の中には秘伝のスパイスが加えられていて全部で30種類ものスパイスがブレンドされている。もともとこのカレーパウダーの元祖はインドなのだが私はSBの赤缶のカレーパウダーが1番、香りが良くて好きだ。其々のスパイスが見事に調和してまとまっている感じがして飽きが来ない。昔から馴染んだ香りだからなのだろうか…この香を嗅ぐと食欲をそそられる。インドの食料品店に行くと、どうも香りが強くて個性が強く、いろいろ試しても結局、日本のSBの赤缶に戻ってしまうのだ。昔、インド人の友人の家に招かれてチキン料理をご馳走になった事があるがその時のブレンドスパイスがやはりインドで有名なガラムマサラだった。このガラムマサラの基本はシナモン、クローブ(丁子)、ナツメグこれにクミンやカルダモン、ブラックペパーなど好みによって加えられていくので同じがガラムマサラでも微妙に違ってくる。初めて目の前で見るインド人のスパイスの使い方に驚いた事を覚えている。10種類ぐらいのスパイスがステンレスの丸い小さな器の中に並べられていてそこから手掴みで一つまみ、2つまみとパッパと振りかけていく。何をどれくらいの割合で使ったのかは覚えていないが、あっという間に出来上がったチキンは思った以上に香ばしく美味しかった。友人曰く、スパイスの使い方は母親の料理を見て覚えたと言う。昔からその家庭に引き継がれた伝統のブレンドスパイスなのだ。日本でも昔は味噌、醤油などは自家製で其々の家で作った其々の家庭の味があった。こういうのが伝統料理なのだな〜と…
ブレンドスパイスだけを考えても世界にはいろいろな有名なブレンドスパイスがあるものだ。これから、代表的なブレンドスパイスのシリーズを何回かに分けて取り上げていこうと思う。

茶子 スパイス研究家

 

第50回天山祭り(1)

7月11日、朝一番の常磐線特急スーパーひたちに上野で乗り茨城県勝田駅へ。
下車後、友人T氏に出迎えを受け彼の車で一路北へ。
LA駐在時代に知己を得た福島県双葉郡川内村出身のT氏の誘いで東日本震災の被害地の訪問。
明治の時代にカリフォルニアに移住しお米で大成功を収めたパイオニア、国府田敬三郎の生家を見ること、併せて、第50回になる草野心平を忍んでの村人総出でのお祭り“天山祭”に行くのが大きな目的。
国府田啓三郎についての解説:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%BA%9C%E7%94%B0%E6%95%AC%E4%B8%89%E9%83%8E
途中、常磐線富岡駅のあった所に寄り、被災状況を目にし愕然。
 

原発に近いという事、海のそばという事で家の瓦解状況,、まさに死となった町並み。
富岡駅は全て波にさらわれレールのみ残り、家の屋根は落ち、車が波で流され路上に放置のまま、雑草が伸び放題。表土を削っての除染作業で出た土の入った大きな黒い袋が何千、何万とあるのを見、驚き。原因の究明と起こってしまったことへの反省がないところで鹿児島県川内原発再稼働への政治判断。実に嘆かわしく民主主義の国とは名ばかり。反省のないところに改善はないのです。また起きないことを願ってます。
余談ですが、集団的自衛権がらみで憲法解釈で軍国化へ向かおうとする安倍政権のあり方。これも先の大戦の反省のないところから来ているよう思います。
その点、ドイツは東西ドイツの統合を成し遂げ、戦後処理のあり方には大いに見習うところ。次世代を背負う若者へ、財政赤字の先送り、模範となる大人の少ない日本。ギリシャのことをどうこう言える国なのだろうか?
・・・次週に続く・・
中條 石(いわお)

 
 

ジャズライフ−今週のお奨 めアルバム

先月の反動もあり今月はTSUTAYAにアルバム探しに行っていません。Airplayのシステムを使い始めてから以前よりジャズを聴く時間が増え、これまであまり聴いていなかったジャズを聴くようにしているからです。
Saxジャズを聴きたくなりました。数あるSaxの名プレーヤーからArt Pepperを選びました。Art Pepperは2010年5月23日の723号に紹介して以来です。
1950年代Art Pepperの全盛期に録音された名作アルバム"Modern Art"です。Art Pepperの魅力が詰まったアルバムです。


"Modern Art" Art Pepper Quartet

01 Blues In
02 Bewitched
03 When You're Smiling
04 Cool Bunny
05 Dianne's Dilemma
06 Stompin' At The Savoy
07 What Is This Thing Called Love
08 Blues Out

Art Pepper as
Russ Freeman p
Ben Tucker b
Chuck Flores ds

ジャズアルバムの紹介リスト
http://www.zakkayanews.com/jazzlist.htm  
《R.O.》

 

 

編集後記

私と同年代の男性の皆さんはカジュアルな服をどこで買っているのだろうと思うことがあります。ユニクロなどは買いやすいので、幅広い層の方に利用されているようです。近所のショッピングモールにはメンズファッションを扱っているアパレル店がユニクロをはじめ10店以上ありますが、ヤング向けファッションを扱っているところが多いようです。私は自分好みのアイテムがあるZARAを定期的にチェックしています。セールになると割引率が大きく、買いやすい値段になります。セールでお値打ち品を探し、安く買えたら、美味しいランチを食べる楽しみがあります。《R.O.》


雑貨屋のブログ→ http://zakkayanews.jugem.jp/
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http://www.zakkayanews.com/zwback.htm

Zakkaya Weekly No.1001

雑貨屋 店主 大西良衛   http://www.zakkayanews.com/
              
tenshu@zakkayanews.com